昨日の夜、急にのどが痛くなり嫌な予感がしたが、不安を抑えて眠りについた。
今朝起きたら酷いだるさと節々の痛みを感じる。明らかに高熱状態だ。
皮肉な事に嫌な予感ほど当たるものだ。
でも、体調が良くなるまでゆっくり休むなんてマネは出来ない。
今日は重要な企画会議の日。欠席するなんてもってのほかだ。
この日の為にずっと準備を続けてきたから。なんとしても休みたくはない。
とりあえず医者に行って注射でもうってもらおう。それで一日乗り切るしかない。
朦朧としながら僕は会社に電話して事情を説明した。
「……はいっ。申し訳ありません。病院に行った後に出勤しますので。」
目の前に相手もいないのに僕は何度も頭を下げた。
「……本当に申し訳ありません。それでは失礼いたします。 」
僕はもう一度頭を下げると電話を切り、一息をつこうとした。
途端に激しくせき込み、焼ける様な痛みがのどを襲う。
激痛に襲われて僕は顔を歪めた。
だが僕が苦痛にあえぐ姿を見て世話する人は誰もいない。
散らかった部屋の中、たった一人でせき込み続けるしかなかった。
こんな時は否が応でも後悔の想いに捕らわれてしまう。
ああ。あの人がそばにいてくれたら。あの人と一緒にいる事を選んでさえいればと。
でもこの道を選んだのは僕自身なのだ。結果は自分が受け止めるしかない……
あの人と別れてもう何年過ぎた事だろう……
思わず憂鬱になってしまったその時、玄関からチャイムの音が響いた。
今はとてもじゃないが応対できない。気は咎めるが居留守を使おう。
しばらく無視し続けたが、僕の在宅を知っているかのようにチャイムは繰り返された。
勘弁してくれよ…… 理不尽だとは思うけど自然と気持ちが苛立ってしまう。
僕は嫌々ながら立ち上がると、ふらふらと玄関まで歩いて行った。
インターホンで確認するのも忘れそのままドアを開いた。
「翔太ちゃんお久しぶりですねえ…… 」
陰鬱な気分とは対照的な清々しい日差しが入ってくる。
それと同時に僕の耳に透き通った声が響いた。
目の前にいたのは笑顔を浮かべている一人の女性。
だが、彼女は人ならざる者だった。
純白の髪。深紅の瞳。よく整った顔立ち。白く長い蛇の下半身が嬉しそうに揺れている。
「み、美冬姉ちゃん!? 」
彼女こそ僕が一緒にいて欲しいと心から願った人だった。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年。魔物娘が人と共存するようになって久しい。
白蛇の美冬姉ちゃんも実家の近所に住んでいる魔物娘だった。
僕にとっては優しく頼れる姉であり、気心の知れた幼馴染でもあるひと。
でも、美冬姉ちゃんはただの魔物娘でもご近所さんでもなかった。
近隣一帯の自然を司る、神様みたいな存在として有名だったのだ。
実際魔物娘の存在が知られるまでは、豊作の神として信仰を集めていたらしい。
もっとも姉ちゃん本人は崇め奉られるのは嫌っていた。
幼かった僕が冗談半分に手を合わせて拝むと、いつもむっとした様子を見せるのだった。
「わたしはきみのお姉ちゃんなんですよっ! お姉ちゃんにバカな事する翔太ちゃんはおしおきです! 」
姉ちゃんはそう言うと、自慢の長い蛇体で僕をぐるぐる巻きにするのだった。
おしおきと言いながらも、とっても温かく優しい抱擁が僕は大好きだった。
時がたつほどに美冬姉ちゃんに対する想いは深まっていった。
ずっと一緒に居たい。抱き合いたい。彼女の体温と匂いを間近に感じていたい。
姉ちゃんの笑顔を自分だけのものにしたい。当然弟としてではなくて……
美冬姉ちゃんはとても素敵なひとなので、そう想うのは当然の事だ。
でも、自分からは告白する勇気は持てなかった。
姉ちゃんはみんなから尊敬されていて、いつも頼りにされている。
この辺りの困りごとはみんな姉ちゃんに相談されるほど。
実際彼女自身の力と魔物娘のつてを使って快く解決してくれる。
姉ちゃんが護ってくれているおかげでこの街は風水害からも無縁。
それなのに決して驕ることなく誰に対しても謙虚だ。
ほかにも美人で優しくて有能で、素晴らしいところはもっと色々あって、
姉ちゃんはちょっとした地元の名士だったのだ。
それに比べて僕は平凡(以下?)な会社員にすぎない。全く釣り合いは取れない。
気持を抑えきれずに、冗談交じりで姉ちゃんに「好き」と言った事もある。
姉ちゃんはいつもの様に蛇体を僕に巻き付けると、笑ってこう言ったのだ。
「それならおねえちゃんだけじゃなくてお嫁さんにもして欲しいです…… 」
せっかくの言葉だったが僕は社交辞令として受け取った。
姉ちゃんは僕だけのものじゃない。早い話みんなのお姉ちゃんなのだ。
僕程度の人間では分不相応。好意として受け取るには卑屈にな
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