そのとき、何かを叩くような乾いた音が響き渡った。
張り詰めた空気を切り裂くように、音は何度もリズムを取って繰り返される。
こんな時に一体何だろう?
私たちがその方向を見ると、いつしか蛇体を揺らしながらラミアが手を叩いていた。
彼女は呆れたように前に進み出ながら手を叩く。
平均的なラミア属よりも長めの蛇体をうねらせ、その美貌に怒気を孕ませている。
「はいはい!強いんだ星人は勝手に決闘でも死合いでもしていなさいな。私はもう付き合い切れないわ!」
「なにっ!」
「おいっ!」
ラミアの挑発するような声にレジーナとアマゾネス、両方から怒りの声が上がるが、彼女はそれを無視して言葉を続けた。
「レジーナちゃんはもう演説する気無いのよね!そこのアマゾネスちゃんも私たちに用はなさそうだし。じゃあ私がここにいる必要ないじゃないっ!」
ラミアは不快な様子を全く隠さない。その剣幕にさすがの二人もたじたじになる。
「あなたたちねえ。伝統だの尊重だの立派な事言うんだったら、ラミアにとって寒さは天敵だから、暖かい所に居たいんだって事も認めなさいよ!
こんな寒空で演説を聞いたり、喧嘩を見物したりするほど物好きじゃないのよ!」
レジーナとアマゾネスを交互に見据えながら、ラミアは強い声で言い切る。
図星を付かれたのだろう。二人は不快な顔をしたが黙ったままだった。
「あ〜あ。朝から外に立ちっぱなしで体が冷えちゃったわ。お店で何か熱いもの飲まないと………」
立ち尽くしている二人を残し、ぶつぶつ呟きながら店に入ろうとしたラミアだったがふと振り返る。
周りを見回し、よく響く艶やかな声で語り出した。
「ねえ。みんなもこんなところにいないでなかにはいらない?おみせであたたかいものでものんで、けーきでもたべましょう。」
その途端、頭の中がとろけるような温かな力の流れが周りに広がった。
ラミアの甘い声が何度も何度も頭の中に反響する。
今まで感じていた焦燥感が消え、不思議と穏やかな気持ちになっていく………
「エレン大丈夫?」
「うん。それほどでもないから。」
一瞬ぼーっとしていたのだろう。エステルが気遣って声をかけてくれた。
私は気にしないでと笑みを見せる。
今のはおそらくラミアの子が発揮した声の魔力。その効力が私にも及んでいたのだろう。
私だけではなく周囲にいる魔物やインキュバスも影響を受けているひとが多い。
うっとりとした様子で店の中にぞろぞろ入っていく。
さすがに魔王の娘のエステルには効かないようで平然としているが。
あのラミアの子、エリカさんもこの店の常連さんで私たちとも仲が良い。
でも、まさかこれほどの魔力を持っているとは思わなかったな。
魔術抵抗には少し自信があった私にまで影響力を及ぼすなんて。なんか妙に悔しい。
そうだ。決闘していた二人の事を忘れていた!
慌てて注意を向けたが、二人は相変わらず対峙し合っていた。
でも、先ほどまでの切れるような鋭さは微塵も無かった。
二人とも妙に恍惚とした顔つきで、時々相手から視線を外す。足元もふらふらしている。
うろたえ、必死に意思を強く持とうとしている様な二人。
完全ではないにしろ彼女達も魔力の影響を受けているらしい。
エリカさんは蛇体をうねらせて近寄ると悪戯っぽく話しかけた。
「ふふっ。あなた達もどう?お店で美味しいものを食べれば、喧嘩する気なんか無くなるわよ?」
「やはりそなたの仕業か。正面の敵に気を取られて、周囲への警戒を怠るとは。我ながら常在戦場が聞いて呆れる。このレジーナ一生の不覚…。」
レジーナは自嘲気味に呟いた。
「認めたくないが私も同じだ。完全にぬかったな。これが戦場だったら間違いなく命を絶たれていたな…。」
アマゾネスも悔しそうに身を震わせる。
「あななたちなんでそんな堅苦しいのよ!もうこれで終わりでいいじゃない。私の乱入のせいで勝負無しって事にしておけば、二人の顔も立つってものでしょ。」
呆れたようにエリカさんは肩をすくめる。
「ほら!ね。一緒に飲んで食べてお話しましょ。アマゾネスちゃんは最近こっちにきたんでしょ。色々聞かせてよ………」
エリカさんは熱心に仲裁を申し出ているが、なおも二人は踏みとどまっていた。
お互い困ったような顔こそしているが、相手をじっと見据え続けている。
エリカさんの好意はありがたいけど、これは長引くかな。私がそう思った時だった。
「おはようございます。お姉さん。」
かわいらしい声が後ろから響く。私が驚いて振り向くと同時にエステルからも声が上がった。
「まあ!文乃も来ていたの。どう?旦那様とは仲良くしていらっしゃる?」
「はい。おかげさまで。」
エステルは嬉しそうに文乃と呼ばれた女性の手
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