「うわぁ…。今日もあのデュラハンさんいる…。」
ため息にも似た私のつぶやきにエステルも相づちを打った。
「ほんと。店の真ん前に陣取ってるわね…。」
支度を終えホールに出てきた私たちの目の前。扉越しには凜とした女性の姿があった。
明るい陽光の中、彼女は幾分不機嫌そうに眉をひそめ、腕組みして立っている。
彼女はリボンの付いた可愛らしい服を着ているが、その仕草と全く合ってない。
尖った耳と美貌。青色の髪を見れば彼女が魔物娘だって事は明らかだ。
「今日はドアを開けるのはエレンの順番よね。わたくしは昨日開けたわ…。」
エステルは尻込みするように私の後ろに逃げた。
魔王の娘がこんな姿を見せていいんだろうか…。呆れて力が抜けてしまう。
「ねえエステル…。立場的にはデュラハンよりあなたの方が圧倒的に上なんでしょ。」
「わたくしは母上に黙って故郷を出てきてしまいましたし。魔王軍の者とはあまり関わりあいたく無いわ。」
エステルは渋い表情でなんども首を横に振る。
実際の所彼女が旅立った理由は諸国遊歴なんてかっこいいものじゃないそうだ。
色々悩んだ結果、家族に黙っての家出に近いものだったらしい。
いまでも魔王様には時々便りするぐらいで帰郷はしていないらしい。
彼女がこのデュラハンとはじめて会ったとき、もしや殿下であらせられますか?
とずいぶん詰め寄られたものだ。エステルの容姿は目立つのでそれも仕方ない。
結局ごまかすことには成功したけど。
そういう私も色々あって一触即発の事態になりかけた。
このデュラハン〜レジーナという〜が最初店に来た時、お客さんと喧嘩しそうになった。
慌てて止めに入った私もつい荒い言葉を吐き話がこじれて…というわけ。
あの時は強気だったけど正直ひやひやものだった。
あのお客さん。可愛かったな。衝動的に私のものにしかけたけど邪魔されちゃった…
状況を全く考えずに妄想に耽ってしまいふと気がつく。
ドアのガラス越しのレジーナの視線が突き刺さるよう。
つい焦ってしまうが、よくよく見ると開店時間を過ぎている。
「エレン。もう開店時間ではなくて?」
気が付いたエステルも心配そうに声をかけてきた。
「わかってる。いま開けるわ。」
私は急いでドアを開けると笑顔を見せ声を上げた。
「おはようございます!いらっしゃいませ。」
そのまま店内に戻ろうとした私の心中を見透かしたようにレジーナは声をかけてくる。
「待ってくれ。少しよいかな。」
「はあい…。」
詰問するようなレジーナの声。
いったい何だというのだろう?私は内心ため息をつきながら振り返る。
「どうなさいましたレジーナさん?」
「どうなさいました、ではない。もう開店時間をとっくに過ぎているではないか。」
「あ、はい…。」
「私は店が開くのを今か今かと待ちわびておったのだぞ。」
やっぱりその事か。私の顔が曇る。
レジーナは種族がらか、規律とか礼儀にうるさいのだ。魔物とは思えないぐらい。
マリ姉とエステルにその事を愚痴ったら、あなたもひとの事言えないと笑われてしまった。
そうだろうか?いくらなんでも私は彼女ほどじゃないと思う。
「この世界の時間の単位で言えば5分と12秒の遅れだな。」
レジーナは真面目な顔で手に持ったスマホを見せてきた。
はっ?魔界じゃ5分どころか5日も10日も店を開けない所もあるじゃない!
心にそんな不満が湧き起こるが、ここは人間の世界。我慢我慢…。私は頭を下げる。
「どうもすみません。」
殊勝な私の姿に気持ちを和らげたのだろうか。
レジーナは何度かかぶりを振ると優しく語り出した。
「いや…。厳しいことを言って悪かった。だがわかってくれぬか。ここは人間界でも時間に神経質な国なのだと言うことを。」
「はい…。」
「この国でも魔物娘の存在は市民権を得られるようにはなった。だがまだまだ我らに向けられる奇異の眼差しは多い。魔物娘の行い一つ一つが人間達に否応なく注目されてしまうのだ。我々がよからぬ振る舞いをすれば、それはすなわち魔物娘全体の悪評につながりかねない。だから我々は仲間のためにも常に自らを律して、襟を正して生きてゆかねばならぬ………」
夢中になって語っていたレジーナだったが、ここで後ろを振り向いた。
いつしか何人もの魔物娘やインキュバスが店に入ろうと待ち構えていた。
レジーナは彼女達に向かっても声を張り上げて語り出す。
「これはこの店だけの話ではない。皆の問題として考えてくれぬか。誤解しないで欲しいが当然私自身の課題でもある。私はこれを自戒の念を込めて言っておるのだ………」
何を思ったか、レジーナは道徳やら倫理やら矜持やらと言って長々演説し続けている。
周りの魔物娘達も、苦虫をかみつぶしたような顔こそしているが
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