後編 1

「正直に言うよ。実は僕、失業していてね…。今度ようやく仕事が決まりそうなんだ。でも遠い所にある会社だから、ここからは引っ越さなければならなくて。隠していてごめん…。」

アネモネは僕の事を抱きしめてくれている。彼女の心地よい香りに包まれながら、僕は今までの事を詫びた。こんな僕だけれど待っていてくれる?そう続ける前に、アネモネは悲しげに言った。

「そんな…。わたくしのほうこそ本当に申し訳ありません…。旦那様のお悩みに全く気が付かなかったなんて、メイド失格ですね…。」

「ううん…。君は何も謝ることは無いよ。」

もう何も遠慮することは無い。僕もアネモネの体をぎゅっと抱きしめる。弾力性のあるゼリーの様な感触が僕の腕に伝わった。心地よさにうっとりする僕を見て、アネモネは優しく言い聞かせてくれる。

「あのお、旦那様。僭越ながら申し上げますが。旦那様は何もお悩みになることは無いのですよ。」

「えっ?」

「旦那様。わたくしはショゴスにございます。常に旦那様にお仕えして、お世話する事こそ生きがいで喜びなのですよ。最初からお金を頂こうなんて思っておりませんでした。」

「でも…。」

「旦那様。旦那様がお悩みの事を色々整理致しましょうか…。」

告白を受け入れてくれてとっても嬉しいけれど、将来の事はちゃんと考えなければならない。
不安でいっぱいだった僕を落ち着かせるように、アネモネは笑顔で愛撫してくれた。

「まずはわたくしどもの担当者のほうから事情をご説明いたしますね。」

アネモネは抱擁を解くと携帯を取り出した。誰かと話し出したが用件は済んだようで、すぐに携帯を置いた。

「少々お待ちください。」

アネモネの言葉が終わらないうちに僕のスマホが鳴り出す。慌てて取ると電話の主はよく知ったひとだった。

「さ、咲姉ちゃん?」

驚いて問いかける僕に、電話の向こうの咲ねえは楽しそうに笑った。

「…おお。久しぶりだね。元気そうでなにより!」

「うん。咲姉ちゃんこそ。ってなんで咲姉が?」

「…なんで?前に言ったじゃないか。私は一応このメイド紹介所の出資者なんだよ。多少は経営にも関わっているさ。それでな………」

その後咲姉に話を聞いた所、メイド紹介所というのは建前で、実際は結婚紹介所だとの事だ。
咲姉がチラシをくれた時、僕にその話はしたと言っていたが、全く記憶になかった。
もっともあの時はチラシのキキーモラに見入っていたので、咲姉の話はあまり聞いていなかったのだが。

こちらの世界にあまり慣れていない魔物娘に、礼儀作法や日常習慣を教えた後、相性が良さそうな男の所に派遣する。それでお互いの事を気に入れば(魔物娘が一方的に気に入った場合も当然含むが…。)万事めでたしという訳だ。

でも、咲姉は最初からこうなることを見越して僕にチラシをくれたのか?結局僕は咲姉の手の上で転がされただけだったのか。恐る恐る聞いてみる。

「…君の事はずっと心配していたんだよ。誰か世話焼きの魔物娘と一緒になってくれればなあ。とは思ったさ。当然それもあって君にチラシを渡したんだ。だけど、あくまでも決めたのは君だよ。私は一つの方法を示しただけさ。」

「そうだったの…。あの、色々心配かけてごめんね。ちゃんとお金は振り込むから。」

今回も咲姉の世話になってしまったことに気が付き、僕は申し訳ない気持ちになる。
利用料の事にも触れたが、電話の向こうで苦笑するような声が聞こえた。

「…いやいや。そのぐらいサービスするよ。とりあえずの結婚祝いという事にしておいてくれ。
いやあ。アネモネさんが君を気に入ってくれて本当に良かった。これで私も安心して旦那といちゃいちゃ出来るってものだよ。」

「そっか。咲姉も結婚したんだよね。今度お祝いに行くよ。でも、僕が結婚できるのはいつになるんだろうね…。」

僕の生活が安定するのはいつになるのだろう。それまでは結婚は無理だ。思わず溜息をつく。

「…おいおい。君はもう魔物と一緒になったんだよ。否応なしにすぐ結婚する事になるんだ。
それと君は当分の間アネモネさんに食べられ続けるから、ああ。もちろん性的にな!
だからしばらく外に出られるなんて思わないほうがいいな。」

咲姉はからかう様に言っているが、それを聞いて自分の立場を実感してしまう。
魔物娘にとって夫は、何よりも大切なものであると同時に最高のご馳走なのだ。
奴隷としてでは無くても、結局絞りつくされる事には変わりないのだと。

「…アフターサービスだ。おじさんおばさんには私のほうからうまく言っておくよ。それじゃあまた!幸せになるんだよ。君が落ち着いたら結婚祝いに行くから。」

「咲姉。本当に色々ありがとう!」

電話を置いた僕に早速アネモネが身を寄せてきた。

「旦那様。それではわたくし
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