俺は憂鬱な気分のまま風呂に入った。一人だとラミア種用の広い風呂がやたら広く感じられた。それもそうだ。いつもは有妃と一緒に入る事がほとんどなのだ。二人で体を洗いあったり、一所に湯船に入って抱き合ったり、さらには我慢できなくなると互いに体を求めあったりと、恥ずかしい事を色々している場所なのだ。
それまでも些細な事でぎくしゃくすることはあったが、一緒に風呂に入って肌を合わせればすぐに仲直り出来た。今回はそれも拒むのだから有妃の怒りは相当なものなんだろう。もっともそれは当然の事だ。俺が逆の立場だったとしても冷静でいられる自信は無い…。
湯船に顔までつかりながら、襲ってくる不安で悶々としていた。そうだ、これもすべて黒川のせいだ。あいつの口車に乗りさえしなければ、こんなひどい状況になる事は無かった。有妃にはもちろん怒られるだろうが、それでもいつもより多く精を搾り取られる程度で済んだはずだ。黒川め、会社で顔を合わせたらどうしてくれよう…。
こんな風に、俺は自分の弱さを棚に上げて心の中で罵りつづけた。せめてもの慰めは、黒川もダークエルフの奥さんにこってりと絞られているだろうと言う事だった。もちろん絞られるとは性的な意味も含めての事だが。
無論これから絞られるのは俺も同じだ。しかし魔物娘は人を殺さないだけではなく、よほどの事が無い限り傷つける事もしない。いつも奥さんに調教されている黒川も、苦痛は全く無く快楽しか感じないと言っていた。もっとも有妃の怒り様を見てしまった今となっては、彼女が何をしてくるか予想もつかない。有妃は俺を壊すようなことは絶対にしないと言ったが、裏を返せば壊さない程度の事はすると言う事だ…。
有妃は俺に酷い事はしない。その信頼は絶対的だと思っていた。だが…今はとてもじゃないが安心して身を任せられない…。
「あーーーーー。」
俺は頭を抱えた。思わず不安が声になって漏れてしまう。いつまでも風呂に閉じこもっている訳にはいかないが、ここから出る勇気もない。なおも鬱々と考え続けた。
でも、原因を作ったのも誤解を招くような事をしたのも俺なのだ。潔く受け入れよう。俺がようやく覚悟を決めた時だった。
「佑人さん!」
風呂のドアが突然音を立てて開いた。有妃がしびれを切らして踏み込んできたのか?そう思った時だった。
「どうしたんですか佑人さん。大丈夫ですか?」
そこには心配そうにたたずむ有妃の姿があった。俺はいきなりの事にあっけにとられて彼女を見つめてしまった。
「有妃…ちゃん…。」
「変な声が聞こえましたけれど何かありました?大丈夫ですか?」
俺を気遣う様に優しく問いかける有妃。
「いや…。全然…大丈夫だよ。」
「本当に?」
「ああ、心配ないよ。」
「良かったー。」
有妃は安心したようにはぁー、と一息つくとしゃがみこんだ。
「いきなりうめき声が聞こえたものですから、佑人さんに何かあったんじゃないかと思ったんですよ。」
有妃はほっとした様に俺を見つめたが、怯えきった表情から色々読み取ったのだろう。何かを納得したようにうんうんとうなずいた。
「私も汗を掻いちゃったのでお風呂に入りますね。」
有妃は体を洗うと湯船に入り俺に寄り添った。すでに夜も更けており周囲から物音一つしなかった。しばらくはお互い言葉もなかったが、俺は沈黙に耐え兼ね有妃を見つめた。
有妃も黙って見つめ返した。先ほどの殺意すら感じさせる視線では無く、穏やかで優しく、そして慈愛深い眼差しだった。そんな瞳を見つめていると、抱いていた不安や恐怖がたちどころに消えて行くのを感じた。
もう一度詫びなければ、と思ったその時だった。有妃が俺を落ち着かせるような柔らかい声音で語りだした。
「佑人さんと一緒になってからもう一年以上ですよね。今までこんな修羅場が無かったのが奇跡だったんですよ。だって、価値観が全く違うふたりが一緒に住むんですもの。軋轢が生じるのも仕方がないんですよね。
私にとっては佑人さんがキャバクラに行くだけで浮気だと思いますけど、あなたからすれば付き合いで行っただけでそんな事を言われるのは心外ですよね。
あなたの当り前と、私の当り前は違う。私とした事が今までその事をすっかり忘れていました。本当に情けないです…。」
有妃は申し訳なさそうにそう言うと俺の手をそっと握った。そして切なそうに微笑んだ。
本当は俺の方からきちんと詫びなければならないのに、有妃の方から折れてくれたのだ。いったい俺は何をやっているんだ。こんな所に閉じこもって一人怯えて。
「いや、有妃ちゃん。誤解されるようなことをして悪かった。申し訳ない事をしたって思う。俺の事は君の気の済むようにしてくれていいよ。でも信じて欲しい
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