前編

窓の外は目もくらむような陽光が照り付けている。照り返しに輝く道路と、光と影が織りなす強い陰影。毎年変わらぬ真夏の風景だ。僕は窓辺に立って街並みを見つめ続ける。
目を上げれば抜けるように高い青空。きっと外は灼熱の世界なのだろう…。
一つため息が出る。僕がいるのは涼しい部屋の中。壁紙も家具も一面紫色の部屋の中だ。

「旦那様。どうかされましたか?」

そんな僕を案じるかの様に優しい声がする。振り向くとそこにいたのは、生涯を共にすると誓った人の姿だった。僕は笑顔を見せてかぶりをふる。

「ううん!なんでもない。大丈夫だから…。」

僕の様子を見て彼女も安心したようだ。彼女は濃い紫色をしていた。流れる様な紫色の液体だ。
それが人の…女性の姿をかたどっているのだ。よく見ればエプロンドレスとカチューシャも身に着けている。彼女はショゴス。魔物娘の一種族だ。彼女は絶世の美貌にほほ笑みを浮かべた。
満月のように輝く黄色の瞳で僕を見つめる。

「なんでもお申し付けくださいね!旦那様のために尽くすのがわたくしの定めであり喜びなのですから…。」

彼女の芝居がかった台詞に笑いそうになりながらも、早速僕はお願いしてしまう。

「そうだ。ちょうど喉が渇いてしまって…。」

「承知いたしました!何をお持ちしましょうか。お茶に麦茶にウーロン茶。コーヒーに紅茶。ミネラルウォーターや各種ジュースもご用意出来ますが。」

朗らかに答える彼女に僕はそっと言った。

「ううん…。いつものがいいな…。」

その途端。彼女は瞳に淫らな色を浮かべると濡れたような声を出した。

「いつもの…でございますか?承知いたしました。すぐにお持ちしますね…。」

一礼してその場から去った彼女だが、すぐに戻ってきた。手にしたお盆には液体が注がれたグラスが載っている。お盆もグラスも液体もみんな紫色。彼女の体と同じ濃い紫色だ。

「お待たせいたしました…。どうぞ。」

僕は差し出されたグラスを受け取ると口づけする。そしてすぐに中の液体を飲み始めた。

「うぁっ!」

隣ではショゴスが甘い嬌声を上げ始めた。まるで彼女自身に口づけされ、すすられているかのように。だが僕はそれにかまわず一気に飲み干した。

「はぁうっ!」

僕が液体を飲み干した途端、彼女は絶頂したかのように声を上げると、ぶるぶる身を震わせた。瞳はどろりと鈍い光を放っている。

「ありがとう。とってもおいしかったよ…。」

「いいえ。どういたしましてぇ…。」

呆けたように笑う彼女だ。この飲み物はとても美味しい。喉に絡みつくような濃さと、頭がとろけそうになる甘さは、病的なまでの依存性がある。僕はもっともっと飲みたくて彼女におねだりする。

「ええと。もう少し欲しいんだけれど…。」

「はい。少々お待ちくださいね…。」

けだるい様子でうなずく彼女に僕は慌てて言う。

「待って!直接がいいかな。」

「あっ…。直接、でございますかっ?うふふっ。承知しました…。」

ショゴスは歓喜にあふれる表情を見せると、たちまちのうちに僕を抱きしめた。
花の様な甘い香りと程よい冷たさが全身を包む。そして己の顔を近づけると僕にそっと口づけしてきた。ゼリーの様にぷるぷるの唇が触れると、僕は音を立てて啜り始めた。

その途端、先ほど飲み干した液体の感触が僕の口中に広がった。濃くて甘い液体が口いっぱいに広がる。僕は当然の様にそれを飲み干す。例えようもないうまさを味わい何度も飲み干す。

この液体はショゴスの彼女から取ったスライムゼリー…。僕は彼女自身をいつも飲んでいるのだ。美味しいだけじゃない。彼女の力が込められたこのゼリーを飲めば、飢えと乾きを全く感じないで済む。もちろん彼女に頼めばどんな料理も作ってくれる。だが到底このゼリーの美味しさには敵わないので、いつも彼女の体を食べているような状態だ。

「旦那様ぁ。わたくしのぜりー美味しいですかっ…。わたしくしはおいしいですかっ…。」

彼女も恍惚とした眼差しで訴えかけてきた。どことなく狂気じみた光も浮かんでいるが、それもまた素敵だ。いや。いつの間にか素敵だと思うようになってしまった。

「んっ…。おいしい。おいしいよおっ!」

「わたくしはすべて旦那様のものなのですから。すきなだけ。もっともっとお召し上がりになってくださいねっ…。」

慈愛あふれる眼差しのショゴスは、僕を抱きしめるように粘液で包み込んでくれる。心地よさに全身を包まれ、僕も甘えるように彼女に身をゆだねた。僕たちは再び口づけする。注ぎ込まれるショゴスのジュースを味わう。

夢中になって飲んでいると僕たちがいる部屋が震えはじめた。紫の部屋がうねり、崩れ、流れる液体になった。部屋だけではない、家具も、先ほど僕が使ったグラスも皆液体になって広がり出す。

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