前編

「よしっ。いくか…。」

街の賑わいの中、俺は震える声で呟く。胸が激しく鼓動して、きゅうっと絞めつけられている。
我ながら相当緊張しているようだ。ほんと情けない…。

目の前にあるのは一見した所おしゃれな店にしか見えない。
窓越しには人と魔物のカップルが仲睦まじくしているのが見える。
洗練された木彫のドアにはOPENと書かれている札がかかっている。

本当にいいんだな?もう取り返しはつかないぞ。例の切り札は…よし!あるな。
俺は覚悟を決めるかのように深呼吸する。汗ばむ手でドアノブを握りしめるとそっと開いた………。

















魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。魔物娘達は世の中にすっかり溶け込んでいる。
人間相手に商売をする者も多く、現に俺が入った店も刑部狸が経営するカフェだ。
魔物、それも抜け目のない刑部狸が経営する店なので、当然ただの喫茶店では無い。

独身者が店に入ると、出て行く時は必ずカップルになっている…。

そんな怪しげな噂が広まっており、来店する者が後を絶たない様なのだ。
ちなみに店に来るのは、男が欲しくてたまらない独身の魔物娘が圧倒的に多いらしい。
人魔のカップルがそれに続き、肝心の人間、特に女性はめったに来ないという。
飢えた魔物娘に襲われてお持ち帰りされる危険が高いのだ。
人間があまり来ないのは、まあ当然の事だろう。

で、なぜ俺がそんな怖い店に来たかって?
決まっているだろう?
魔物娘の嫁さんが欲しいからに決まっているじゃないか。

だが、今までは魔物娘に良い印象は持っていなかった。それどころかむしろムカついていた。
だって、アマゾネスやヴァンパイア等、魔物=女尊男卑っていう印象が圧倒的に強かったから。
街中で彼女達に嬉しそうに従っている男を見ては、舌打ちするぐらい不快だったのだ。

それが変わったのはアリスという魔物が主人公の某アニメを見た事だ。
純真なアリスと「おにいちゃん」のほのぼのとした日常描写にすっかり夢中になったのだ。
うん。やっぱり妹はいい…。特にそれがアリスみたいな素直で無垢な妹なら…。

ちなみにこんな世の中なので魔物娘が主人公の漫画アニメゲームは数多い。
二次オタの俺も二次元の魔物娘は惨事とは当然別!とばかりに喜んで見ている。
なに?相当なご都合主義だって?いいからほっといてくれ…。

あと、俺の数少ない友人の一人が、フーリーという魔物娘と結婚したこともきっかけだ。
フーリーは愛情深くとても献身的で、どんな変態プレイも喜んで受け入れてくれるらしい。
しまらない顔でにやにやしている友人を見ては、チクショウめ。という気持が抑えきれなかった。

ありきたりだが世間なんて理不尽だ。

俺だって自分みたいのが堂々と表に出ては悪いと思う。だから目立たずに隠れて生きている。
それをわざわざ探して無理やり引っ張り出してきては、ああしろこうしろとケチをつけるのだ。
正直このまま生きて行くのにも、二次元でいつまでも夢を見続けるのにも、最近疲れてしまった。
まあ、これが一番肝心な理由なのだろうけれど…。

もういやだ。アリスかフーリー。どちらかと一緒になってずっといちゃいちゃしたい…。
彼女達と一緒なら俺も生きて行ける。とうとうそんな思いが爆発しそうになってしまった。
よし!アリスかフーリーを探そう!となると可能性があるのは、あの魔物カフェしかないか…。

我ながら身勝手な願いだと思う。散々迷った末、仲良くしている会社の同僚に決意を打ち明けた。
こいつも二次オタで、ラミアのお姉ちゃんにロールされるような事ばかり妄想してる奴だ。
変態度では俺といい勝負のこいつだ。きっと賛成してくれる。
そんな必死の俺に、奴はこう冷酷に言い放ってきやがった。

「あの店で好きな魔物娘と結ばれるのは難しい。いもうとが欲しいのならサバトにでも入れ。」

今にして思えば親切な忠告なのだが、当時は反発しか抱かなかった。
サバトなんて面倒で儀式とか訳わからねえだろ。やっぱり誰にも頼れないか…と。

だが不特定多数の魔物娘が、独身男を虎視眈々と狙っている店なのだ。
好きな魔物を見つける前に、そいつらに襲われる方が早いのは当然の事だ。
俺は自暴自棄になって何も見えなくなっていたのだろう。
自分の弱いカードに自分の全てを賭けていた事にすら気が付かなかったのだ………。


















店内に入りびくびくしている俺。これから一体どうなる事かと不安が隠せない。

「いらっしゃいませ!お客様は一名様?」

「えっ。ええ…。」

「それではこちらのお席にどうぞ!」

そんな俺を迎えたダークスライムの店員は、朗らかな様子で席に案内してくれた。

「ご注文がお決まりでしたら声をおかけくださいね!」

天真爛漫
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