有妃の問いかけに姉は一瞬ぽかんとした表情をした。
「う、うぃる…うぃぷす?」
「ええと…。ウィル・オ・ウィスプですね。」
とぼけたように言う姉に有妃はそっと訂正する。ふみ姉はしばらくうーんと呻いていたが、やがて困った様に笑った。
「え………。なんだっけ…。ごめんなさい有妃さん…。名前忘れちゃいました…。」
「そ、そうですか…。」
思わぬ答えに有妃も力が抜けたようにつぶやいた。
「えへへ…。もちろん種族名は教えてもらったけど、言いにくい名前だったから忘れちゃったの…。あ、でも魔物娘図鑑に載っていたイラストは覚えているわよ。わたしがなった種族の。」
ふみ姉はばつが悪そうに語り続ける。恥ずかしい所を見せてしまった、と言いたそうな様子だ。重苦しい空気が解けて行くのを感じた俺は、ほっと一息つく。
「ふみ姉ちょっと待って。図鑑ならあるから持ってくるよ。」
「あ、ごめんねゆうくん。」
図鑑を持ってきた俺は、ウィル・オ・ウィスプのイラストが載っているページを開いた。イラストのウィスプは不敵な笑みを浮かべていた。強烈な意志を感じさせる眼差しが、凄絶な美しさを際立たせている。
図鑑のウィスプは何度も見ていたが、穏やかで儚げなふみ姉の美しさとは対照的だ。それなので、まさか姉がウィスプになっていたとは想像出来なかった。俺はページを指し示した
「ふみ姉これかな?」
「あ〜。そう!これこれ!…私を魔物にしてくれたお姉さんが、好きな男を縛り付けておく力が欲しいならこの種族がいいよ。って言ってくれて…」
ふみ姉は身を乗り出して図鑑を眺めている。興味深そうな様子だが…どうも話が読めない。魔物にしてくれたお姉さん?そもそも人間をウィスプに出来る魔物がこの近所にいるのだろうか?
人間の女性が魔物になるのには、本当なら面倒な手続きを取る必要がある。その後に魔界の大使であるリリムその人の手で魔物化されるのだ。だが、不思議な事に違反しても罰則も何もないため、なろうと思えば簡単に魔物になる事が出来る。
もちろんそうなると、なれる種族はサキュバス等限られたものになってしまう。ウィスプになろうと思えばリリムの手で魔物化される以外に無いと思うのだが…。
それでは、わざわざ魔界の大使館に赴いて魔物になったのか?色々疑問が抑えきれない俺は姉に聞いてみた。
「あの…ちなみにふみ姉は大使館のリリムに会って魔物化されたの?」
ふみ姉は良く分からないなあと言いたそうに首を左右に振る。
「ん〜。お姉ちゃんはゆうくんみたいに魔物の事詳しくないから良く分からないなあ…。魔物カフェの厨房にいる魔物さんにしてもらったんだけど…。」
「え…あの店で魔物化?」
「うん。そうだよ。有妃さんみたいに白い髪で赤い目のすごく綺麗な魔物さんにだよ。
あ…白蛇さんじゃなくて見た目はサキュバスみたいだったけど…。」
俺と有妃は目を見合わせた。有妃みたいに、白い髪で赤い目のサキュバス。それに人間を魔物化できる魔物といったら、リリム以外に思いつかない。あの店の厨房でリリムが働いているなんて信じられないが…。ともかく姉がそう言うのだからそうなのだろう。そのへんの細かい事はまあいい。
「それでね。その魔物のお姉さんに、魔物になってなにがしたいの?って聞かれたから、わたしは好きな人とずっと一緒に居たい。生涯捕まえていたい。って答えたの。そうしたらウィスプか白蛇をお勧めするけど?って教えてくれて…」
姉が語っている途中だったが、有妃がこれは驚いたといわんばかりに割り込んできた。
「まあ!白蛇ですか!でも、お義姉さんを同族としてお迎えできなくて本当に残念です…。」
「そうなんですよ…。私はっ…あ…このドレス。イラストの黒いドレスが一目で気に入ってしまって…。本当にいい加減な理由で選んでしまったんですよね。」
「へえ〜。成程…。確かに素敵なドレスですよねえ…。」
姉の口調が心持ぎこちなくなったが、すぐに元通りの滑らかさを取り戻す。そしてほんの一瞬、俺に対して言わないでと懇願する様な視線を送ってきた。
その理由はなんとなくわかる。実は…魔物化する以前のふみ姉は昆虫とか爬虫類が結構苦手だったのだ。魔物になるとしても蛇の、爬虫類系のラミア属は避けたかったのかもしれない。
うっかりその事を話しそうになってしまったが、ラミア属の有妃を不快にさせたくはない。それで慌てて嘘の理由を言ったのだろう。
姉はどことなく詫びるような顔つきでお茶を一口飲んだ。有妃も妙に意味深な表情をしている。いや。これは気にしすぎなのかもしれないが…。
一瞬不安がよぎる。だが有妃はそれ以上言葉を挿まず、ふみ姉に続きを促した。
「お義姉
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