「あ……。目が覚めた?大丈夫?どこか痛いところとかない?」
「…………ぇ?どうして?なんで俺…家に居るの?」
闇から意識が目覚め男はつぶやく。ここは自分の部屋だ。だが、なんでここに?確か休憩時間中、会社で稲荷とホルスタウロスの同僚と談笑していたはずなのだ。その時なぜか突然妻が…白蛇の妻が目の前に現れた。真紅の瞳に燠の様な炎が燃えていたのは覚えているが、それから先の記憶は無い。
「本当に大丈夫?何かおかしい所があるなら言ってね。」
男に話しかける妻はいつも通りの様子だ。背中まで伸びる白く輝く髪。透き通るような肌。そして目鼻立ちは恐ろしいぐらい整っており、真紅の瞳が妖しげな美しさを強調している。彼女は布団を男の肩まで掛け直すと優しく微笑む。思いやりと気遣いに溢れた普段の妻と全く変わりない。だが…そのふだんと変わらない様子が余計違和感を募らせる。
「ごめん。なんだか状況が呑み込めなくて…。」
「ええと…。そうだね…。これはね…。」
ぼそぼそと何やら言いにくそうに呟いている。長く伸びた純白の蛇体の先端。彼女の尻尾が困った様に揺れている。だが己に向ける夫の目。何とも言いようがない不安と疑いの目に耐え兼ねたのだろうか。急に吹っ切れたように笑い出した。
「あはははっ…。もういいかな…。どうせあなたにはしばらくここに居てもらう事に変わりないんだからっ。」
「ここにって…。だからいったいどういう事なの?」
「は〜い。それでは説明しますねっ!あなたにはおうちから一歩も外に出ないで、ずっと生活してもらいます!」
「…………………………」
突然の事に飛び起きたが言葉も出ない。思わず見つめた妻は素敵な笑顔だった。男がいつも癒され、励まされる優しい笑顔だった。だが、今はそれが何かで固められた不自然な作り笑いにしか見えなかった。まったく事情が分からず徐々に不安と恐怖が襲ってくる。
「あ〜っ。困っているな〜。でも、そうだよね…。これはあくまでもわたしの問題だから。あなたは全く悪くないんだから気にしないで!」
「だ…だからいったいどうしたっていうのっ!」
困惑と不安に耐えきれずに男は大声で妻を問い詰める。声音からは隠しきれない恐怖が伺えた。
「あの稲荷と牛女…。さっきは随分と楽しそうにお話していたね…。」
「えっ?何を言っているのさ!あれは仕事上のコミュニケーションで…。」
「それに毎日あの二人の匂いを付けて…まいにちまいにちまいにちまいにち…。」
「ま、待ってくれよ…。同じチームの同僚なんだから…ど、どうしてもあの子達に近づく事もあるよ…。それに今まで君もわかってくれていたじゃないかっ!」
急に虚ろな笑みを浮かべて滔々とまくし立てる妻だ。男は動揺が抑えきれない。だが…ようやく事情が呑み込めた。そうか。…………嫉妬しているんだ。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。魔物娘は人間の隣人として認められるようになり、異種族との婚姻もごく当たり前のようになった。
男も近所の神社で巫女を務めていた白蛇の妻━白夜と初詣のおりに知り合った。彼は神楽を舞う白夜の美しさに魅了され、人目を気にせずに見つめ続けた。そんな男━陸の事を白夜も気になっていたようだ。二人はすぐに付き合い始める様になり、それからしばらく後、当然の様に結婚する事になった。
このような時代ゆえ、陸も白蛇という種族についてはそれなりに知識はあった。温厚だが相当嫉妬深い。と言う事も知っており、また友人知人で白蛇と付き合っている者たちの話からもそれは伺えた。
ある知人は朝起きたら突然もう会社に行かなくていいと言われ、今では白蛇の妻のヒモのような生活を送っている。
またある者は隠れて水商売の店に行ったのがばれて、二度と奥さんに逆らえなくなる様な快楽と恐怖を味わったらしい。
共通しているのは日頃の穏やかさの中に、何かしらの歪みと言うか暗い情念を持っている種族と言う事だ。当然この友人たちは白蛇の暗い面の象徴ともいえる、『白蛇の炎』と呼ばれる魔力を注ぎ込まれている。
彼らは炎を入れられた事によって幸せにはなった…。でも、幸せとは己自身の手でつかむものではないのか。魔物に幸せを施される様では人としてはどうなのだろう…。そんな事で人間の尊厳を守れるのだろうか…。陸は内心苦々しく思っているのだ。
でも陸にとってそれはあくまでも人ごとにすぎなかった。実際白夜と付き合ってみて、拘束される事も色々詮索される事も全く無かった。常に控え目だが、溢れんばかりの包容力で包み込んでいてくれたのだ。
白夜と知り合った当初はその美しさと若々しさで相当年下だと思った。だが不老長寿を誇る魔物娘の年齢などあって無い様なものだ。実際は陸
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