「ごめんね〜。もうちょっとだけ待っててね…。」
「ううん。僕の方こそ急に早く帰ってきちゃって悪かったね。」
妻のあかりがキッチンで申し訳なさそうな顔をしている。僕も彼女を手伝いながら何も気にしていないよと微笑んだ。今日は残業で帰りが遅くなるはずだったのが、予想以上に仕事が進み早く帰って来てしまったのだ。
急に帰り時間が早まったのに文句ひとつ言わずに夕飯を作ってくれる。そんな優しい妻に僕の方こそ申し訳なくなってしまう。
思わず妻を見るといつもの様に桃色に近い紅髪が美しい。そして可憐で健康的な顔立ちに、つぶらな金色の瞳が映えている。何よりも両腕から生えている茶褐色の翼が特徴的だ。当然あかりは人では無い。そう…彼女はハーピーと言う魔物娘だ。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。以来さまざまな問題を乗り越えながら人魔の共存は進んできた。そして今では魔物娘は隣人として当たり前の様に存在している。
あかりもこの街で生まれ育ち、ずっと人に交じって生活を営んできた。僕はふとした切っ掛けで知り合った彼女の陽気で気立ての良い人柄に惹かれて、いつの間にか友人として付き合う様になっていた。
そんな関係がどれだけ続いたのだろう。とうとうあかりは発情期に僕をさらって家に飛んで帰り、何度も何度も熱く交わった。
こんな時代なので魔物についての知識は多少ある。ハーピーが発情期に男をさらうのは、その男を己の夫として認めたゆえの事だ。と言う事も知っていた。あかりはこんな僕を見初めてくれたのだ…。突然さらわれて二人の愛の初飛行に驚き戸惑いながらも僕は嬉しかった。
「おまたせ〜。はい…。まずは目玉焼きっ!」
「ありがとう。」
食卓に着いた僕の前に差し出されたのは目玉焼きが乗った皿。でも、夕食に目玉焼きは珍しいな…そんな思いで目をやり、たちまちその異様な光景に釘付けになった。
まず黄身の色が濃い。濃すぎるのだ…。前に一度自然な環境で育てられた鶏の卵を食べた事がありその濃さに驚いた。だが今日の卵はそれ以上だ。
それと大きさ。通常の卵の数個分の大きさはあるだろうか。こんな大きさの目玉焼きは今まで見た事が無い。もしかして何か野生の鳥の卵なんだろうか。
「って………。ええっ!?なにこれ!黄身が濃すぎるよ…。それに妙に大きいし…。もしかしてダチョウの卵か何か?」
「うふふっ。どうでしょう。これは本当に特別な卵を使っているんだよぉ。」
嬉しそうに笑うと彼女は僕をじっと見つめた。金色に輝く瞳がなぜか熱く濡れている。幾分訝しんだがハーピーがこのような状態になるのは別に珍しい事では無い。特に発情期になれば当たり前のように妖艶な捕食者としての一面を見せてくる。
「ね…。食べてぇ…。」
目玉焼きをまじまじと見つめて居る僕に、あかりは穏やかさの中に熱を込めた声音で催促する。僕は言われるがままに口に含むとじっくりと味わった。
え…。なにこれ…。なんてまろやかでこくがあり、そして蕩ける様な味わいなんだろう。驚いた僕は思わずあかりを見つめたが、彼女は何故か呆けたような甘い表情をしている。
「味…どうかなぁ?」
「うん……。すごいよ……。とってもおいしい。」
「よかったぁ!」
幾分の戸惑いを隠せない僕にあかりは華やかな笑顔を見せた。だが、はぁはぁと切ない吐息をつき、日頃肌を重ねる時の様なぞっとする様な淫らな眼差しだ。もしかして発情期に入っちゃったのかな?思わず心配になって問いかける。
「ねえ大丈夫?また発情期?」
「ううん。違うの…。るいが食べているのを見ているとなんか嬉しくてぇ…。」
「そ…そうなの?でも、大変なら無理しないで言ってね。」
「ありがとぉ…。キミのそういう所、やっぱり大好きだよぉ。」
切なそうだが嬉しさを隠せない様子であかりは肩を抱いてくれた。ふわっとした羽毛の感触が心地良く、甘く優しい匂いが僕を包みこむ。しばしうっとりとしてその感触に身を委ねた。
「あ、ごめんねぇ。気にしないでどんどん食べてねっ!」
邪魔をしては悪いと思ったのだろう。あかりは抱擁を解くと優しく進めてくれた。僕は中断していた食事を再開する。
「あぁ…。食べてるよぉ…。…の卵をたべてるよぉ…。ほんと、…に食べてるよぉ…。」
だが…なおもあかりは僕が食べているのをどろりとした瞳で見つめている。そして甘い声で何やらぶつぶつと呟き、蕩ける様な表情は紅く染まっている。
彼女の事が気にはなったが僕もそれどころでは無かった。だってこの卵…食べれば食べるほど夢中になる……。駄目だ。もう止められない………。いつしか目玉焼きを完食していたが、まだ足りない。もっと、もっと食べたい!
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