捧げものの花婿と素敵な奥さん

「旦那様。お茶をどうぞ…。」

「悪いね。ありがとう…。」

 ある穏やかに晴れた日の事。暖かい日の光が差し込む部屋の片隅で、青年が書状をしたためている。一人の女性がその様子を見守っていたが、見計らったかの様にすっとお茶を差し出した。
 青年はまだあどけ無い表情で、むしろ少年と言っても過言ではない。お茶を差し出した女性を見つめると無垢な瞳でにっこりと笑った。女性も穏やかな笑みを返すと再び傍に控える。

 後はお互いに言葉を無くし、時折身動きする音が聞こえるのみだ。そんな静かな時間がどれだけ過ぎた事だろう。痺れを切らしたかのように女性は青年の顔を覗き込む。

「旦那様…。あまりご無理をなさってはいけませんよ。後はこの彗にお任せくださいませ…。」

 自らを彗(すい)と名乗った女性は真面目な表情で青年をじっと見つめた。よく見れば瞳は異国の宝石の様な燃える紅色で、切りそろえた長い髪は白銀の輝きを帯びている。そして人ではありえない長く尖った耳で、驚くほど見目麗しい顔立ちだ。
 何より特徴的なのは白く長い蛇の下半身。その体を青年に伸ばして優しく巻き付けているのだ。

 そう…彼女は魔物娘。白蛇と言う種族に属している。とはいえ人魔が平和的に共存するこのジパングではその身を隠す必要など無く、当たり前の様に人の世で暮らしている。むしろ彼女はこの地の水の力を司る、神に近い存在として崇められているのだ。

「いや…。これはお礼の書状なんだから。僕が書かなければいけないよ。」

 青年は彗をたしなめる様に言うが彼女は聞く気配を持たない。

「旦那様。私達は一心同体の夫婦ですよ…。私が書状をしたためても何の問題も無いと存じますが?ご安心ください。旦那様の筆跡と瓜二つにして書き上げてご覧に入れますので…。」

 粋は胸を張ると青年を安心させるかのように朗らかに笑う。その様子を見た青年は仕方ないなあとでも言うかのようにため息をついた。二人は夫婦になって一年程の関係なのだが、そもそも異種族の二人がなぜ夫婦になったのかと言えば………














 
 青年の名は憐(れん)。村長の四男坊だが病弱で、普段はあまり外に出る事も無かった。そんな彼を豊作を願う神事のおり、巫女として務めていた彗が見初めたのだ。
 病弱さ故に家に閉じこもりがちで、純粋で世間知らずの憐の事を彗は一目で気に入った。白蛇という種族柄、己の事だけをいつも見つめてくれる男を欲していた彗にとって、憐はまさに格好の獲物だったと言える。

 それからは何かと口実をつけては憐の実家に押しかけて、彼の心を掴むことにひたすら尽力した。当初は困惑していた憐も、彗の献身的で深すぎるぐらいの情愛に、次第にほだされて行った。
 だが、それを知った憐の両親を始めとする親族たちは、ある意味彗以上に熱心に二人を結びつけようとしたのだ。

 そもそもこのジパングでは人魔が番いになる事は全く珍しい事では無い。さらに彗は名目上は『龍』に仕える巫女とはいえ、実質この村を含む近隣一帯の水と豊穣を司る存在だ。もし憐が彗に婿入りする事にでもなれば、白蛇の身内となった村長一族は近隣の村々に対して大きな影響力を及ぼせるようになる。
 もちろん憐が惣領息子であれば、異種の女を妻に迎える事には抵抗があったかもしれない。だが四男坊でしかも病弱である憐は、くれてやって惜しくない格好の生贄だったのだ。

 憐自身も自分の事を良く分かっていた。村長の息子という立場上公然と非難される事は無かったが、己に対する冷ややかな視線はいつも意識していた。
 農繁期にもろくに働けない自分自身に絶望感を募らせていた憐は、彗の婿にならないかという両親の勧めを従容と受け入れた。勧めと言っても、村のためにお前のような者が役立てるのだから有難いと思え。ぐらいの高飛車なものだったが…。
 
 だが、憐はそれも当然の結果だと思っていた。どのみち僕は四男坊。無能の冷や飯食いと生涯蔑まれるぐらいなら、仲良くなった彗の所に行けばいいや…。という自暴自棄に近い思いだった。

 だが…所詮己は供物なんだと卑屈な思いで婿入りした憐を、彗は大切な夫として大喜びで迎え入れた。常に自分は無用の者だという意識に苛まれていた憐に対し、「あなたは私の愛する人。かけがいのないお方です…」と甘く囁き、常に愛情深く接し続けた。

 跡継ぎにも労働力にもならなかった憐に対して両親はよそよそしかった。虐待する事こそ無かったとはいえ、手をかけ期待をかけるに値する存在では無かったのだ。周囲の人間も両親に準じて憐を冷たく扱った。

 そんな常に愛情に飢えていた憐を彗は己の事以上に大切にし続けたのだ。当初は自分に対する憐れみの情からの行為だと思ったが、もともと彗の心優しく温厚な人柄に憐はひかれていた。すぐ
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