第6章 経過報告

 それからの話は想像以上に順調に進んだ。まず両親に有妃を引き合わせたのだが、彼女が魔物娘だと言う事を承知したうえで、結婚を大喜びで認めてくれた。俺の事は生涯一人で寂しく暮らしていくものだと半ば諦めていたようなので、結婚したいとの報告は予想外の喜びだったようだ。うちの母親が涙ぐんでいたのを見たときは、今まで随分心配をかけていたのだなあ…と申し訳ない気持ちだった。
 
 それと……俺のたった一人の姉にもメールでこの事を報告した。年の離れた弟である俺の事は随分と世話を焼いて可愛がってくれたのだが、彼女が何年も前に結婚して家を出てからは、ほとんど会う事が出来なかった。
相手の男とは両親の反対を押し切り駆け落ちして家を出たせいもある。だが、皮肉な事にその男が酷い浮気性で心労が絶えない様なのだ。そんな姉の事がずっと気がかりでいつも忘れることが出来なかった。

 こちらからの電話やメールには時が経つごとに返信が減って行き、最近は全くと言っていいほど連絡が途絶えていた。ただ…今回は、『おめでとう。幸せになりなさい。』とだけ書いてあるメールがそっと送られてきた。

 よく考えれば有妃の事を抵抗なく受け入れることが出来たのは、この姉の影響も相当大きいと思う。いつも優しく世話を焼いてくれる有妃に、最初は姉の面影を重ねていなかったかと言えば嘘になるだろう。心の奥底では有妃とは姉と弟の様な関係を続けたいと、今も思っているはずだ。まあ、そうは言っても有妃自身も俺を駄目な弟ぐらいの意識でいるのだろうけれど……。

 だが、さすがに結婚するにあたっては、実の姉の事はしっかりと有妃に伝えておかなければならない。隠し事はしたくなかったし、そもそも気持ちを読むのに長けている有妃にずっと隠し事なんか出来ないだろう。俺は姉がいる事を…姉の事をずっと心配している事を告白した。
 だが種族柄、嫉妬心を爆発させて白蛇の炎を…魔力を注ぎ込まれる可能性もありえるな。と、覚悟を決めていた俺に対して有妃はこう言った。

「もう…佑人さんったら…。隠していたお仕置きです…。」

 仕方ないなあとでも言った様子の有妃は、俺を抱きしめると蛇体をするすると巻き付けそっと拘束した。そして優しくぽんと額を叩くと儚げな微笑みを見せた。罪悪感を抱いた俺は素直に有妃に頭を下げる。

「ごめん有妃ちゃん…。本当にごめん…。」

 申し訳なさそうに頭を下げる俺を見ていた有妃は苦笑する。

「ふふっ…。そんな何度も謝る事じゃないですよ。でも…なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」

 「うん…色々言いにくい事情があったし…。それと…」

 「私が怒っちゃうんじゃないかって思いました?」

 気持ちを先読みした有妃は悪戯っぽく言うとじっと見つめる。決して怖い眼差しでは無いが俺はただ黙って俯いてしまう。

「ねえ佑人さん…。確か前に言ったと思いますけど…家族の事を心配するのは当然の事なんですよ。私は兄弟姉妹はいませんけれど、父母の事は大切に思っていますから…。
 だから佑人さんがお義姉さんの事を大切に思うのは当たり前です。…………ただ。」

 優しく宥める様な口調にほっと安心した俺が口を聞こうとした瞬間。有妃は『ただ』と言うと何とも言えない複雑な笑顔を浮かべた。一体どうしたんだろう…。

「ただ…あの…そんな事は無いと承知していますが、お義姉さんの事を…特別な存在として見てはいない…ですよね?あ…いえ…。まさかとは思うんですよ…。」

 妙に焦燥感溢れる口調になった有妃だが笑顔は崩さない。だが、俺の顔に己の顔をずっと近づけると真正面から見つめてきた。ああ…これは…。今まで何度か見た事がある暗い眼差しだ。そうだ。姉の事を『女』として見ているのではないかと疑っているのだ…。俺は慌てて有妃に釈明する。

「いやいや…そんなことあり得ないから!でも…有妃ちゃんが信じられないのなら…俺の事は好きにしてくれていいんだよ…。」

 実際姉の事は大好きだが、欲情の対象としたことは無いといっていい。根が甘えんぼなので、思いっきり抱きしめてもらいたい…。優しく包み込んでもらいたい…。とは良く思ったが、男女の関係になりたいとは考えた事も無い。まあ、俺にとっては二人目の母親みたいなものだったのだろう。

 でも、信じられないというなら何をされても仕方がない…。俺はじっと見つめる真紅の瞳を真正面から見返す。まあ、どちらにしても有妃は俺に酷い事はしないという信頼がある故の言葉だが…。有妃は小さくため息をつくとかぶりを振った。いつの間にか普段の優しい瞳に戻っていて安心する。

「わかっているんですよ。佑人さんがそんな感情を抱いていないことは承知しています。ただちょっと…私も気持ちが抑えきれなくて…。気分悪くさせてごめんなさい…。」
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