第5章 「友達」として…… 8

 お互いに離れがたくてあれからずっと抱き合っている。俺は頭を優しく撫でる手と、緩く絡みつく蛇体の心地よさに身を摺り寄せてしまう。有妃の体全体に包みこまれている、と思うと、甘く安らかで不思議な陶酔感に陥ってしまう。

 気持ちが落ち着くと色々な事に気を配る余裕も出てくるが、ふと腹が減っている事に気が付いた。良く考えれば固形の食べ物を腹に入れたのはいつ以来だろう。確か有妃に告白する前だ。あれから延々と交わり続けているので、いったい何日前の事になるのか…。
 困った……気になりだすと何か食べたくて仕方が無い。有妃は栄養素はちゃんと体に入れてくれているが、何かを咀嚼して腹に入れる満足感は、それだけでは足りない。

 空腹を気にしてもぞもぞしている俺に気が付いたのだろう。有妃は食事をとる様に進めてくれる。

「お腹空いていますよね?ごめんなさい。気が付かなくて…。何か作ってきますので待っていて下さいね。」

 絡みついていた蛇体を解くとすぐに起き上った。俺も慌てて一緒に手伝おうとする。

「それじゃあ俺も手伝うよ…。」

「佑人さんには精を十分すぎるほど頂きましたから…。これ以上無理はさせられません。ゆっくり休んでいて下さいね。」

 有妃は手伝おうとする俺を優しく制する。そして布団を掛け直して両肩をぽんぽんと叩いた。ついでと言う訳か頭をなでなでして、にっこりとほほ笑むと部屋を出て行った。

 一人になって俺は周囲を見回す。ここは……寝室か?有妃の家には今まで何度もお邪魔しているが、寝室に入れてくれたのはこれが初めてだろう。
 本当に女の子らしい部屋だ。と言っても身内以外の女性の部屋など知らないのだが…。だが、とても可愛らしく整理整頓が行き届いており、有妃だったらこんな感じの部屋だろう、と言うイメージそのままだと言ってよい。

 そして部屋にこもる有妃の匂い。香しい女の香りが満ちている。俺は依存してしまいそうな魔の芳香を存分に堪能した。何度も吸い込んでいるうちに、その匂いは布団から強く漂っている事に気づく。
 魔物の有妃が使っている布団だ。彼女の事だからこまめに干したりシーツを洗ったりしているのだろうが、それでも男を虜にする汗や体臭は染みついている。

 花の匂いにおびき寄せられる虫の様に、俺は布団を持って鼻に近づけてしまう。馬鹿…。止めろ…。女の子の布団をすーはーくんかくんかするなんて、どう見てもお約束の変態だ。
 心の中で理性が何度も止めようとするが、意に介さずに布団を顔に押し付ける。そして…ついに魔のフレグランスをすうーっと吸い込む。

 甘く、切なく、胸が締め付けられるような有妃の匂い。いつも抱きしめられて何度も嗅いでいる心落ち着かせる香りが、顔を包み込んだ。
 俺は夢中になって吸い続ける。大好きな有妃の、魔物娘の匂いを何度も何度も吸い込む。頭がくらくらする様な感覚を存分に愉しみつづける。その時だった……。

「佑人さんお待たせしましたっ!」

 有妃が戻ってきた。しまったっ!!見られたか!やばい。どうしよう……!動揺のあまり慌てて布団をかぶって寝たふりをしたが、当然お見通しだったらしい。あ〜っ。と嬉しそうな声を上げながら近寄ってきた。

「ゆ う と さ ぁ 〜 ん ……! 一体何しているんですかぁ〜?」

「………………。」

「ふっふ〜ん。寝たふりしたって駄目ですよぉ〜。」

 有妃はからかうような調子で無理やり布団をとった。にやにやとした意地悪な笑みを浮かべ、恥ずかしさのあまりうつむく俺を見つめている。さすがにこれは……。今から何を言われるかわからずに、不安と羞恥心がない交ぜになった顔をしてしまう。

 先ほどみたいに嬲られ続けるのか…。俺が悪いとはいえ、この事で嘲笑されるのはきついなあ…。そんな思いで顔を赤くする。だが……意外な事に俺を抱きしめて有妃はにこやかに笑ってくれた。慈しみのある眼差しに俺の気持ちも落ち着く。

「も〜っ。そんな顔しないで下さいよ…。佑人さんが私に抱っこされると、いつもくんくんしているのはわかっているんですよ…。だから、そんな恥ずかしがらないで…」

「えっ…。知っていたの…。」

「もちろんですっ!でも…さすがにこの事を指摘するのは気の毒でしたので黙っていましたが…いくらなんでも私の布団をすーはーする現場を見て見ぬふりは出来ませんねぇ。」

 魔物娘に性の隠し事など出来るはずもないのはわかってはいる。それでも匂いを嗅いで喜んでいた事を知られていたのは恥ずかしい…。有妃は仕方がないなあとでも言いたそうにくすくすと笑う

「……ごめん。」

「ふふっ…。ド変態の佑人さんも素敵ですよ〜。それに私だってあなたの匂いは大好きなんですから…おあいこです。」

 慰めてくれる有妃にひたすら頭を下げる俺だった
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