第4章 ふたりの馴れ初め 5

 帰ろうとしたその時だった。凄まじい速さで伸びてきた白く長い物体が俺の体に巻き付いた。えッ!!なんだ…これ?そうだ、これは有妃の尻尾だ。それが離すまいとばかりに絡みついているのだ。あまりの事に動揺した俺を有妃が優しい声で引き止めた。

 「待ってくださいよ。森宮さんだけ一方的にお話して帰られるなんてずるいです。私はまだ全然話して無いんですよ。」

 有妃の顔は愛らしい笑顔だった。俺を蔑むような表情は全く見られなかった。むしろ憐れむような切ない目をしており、思わず見とれそうになった。だが、その瞳の奥には妙に思いつめた様な光があり、はっとして我に返る。

 「森宮さん。寂しかったんですね…。でも、もう大丈夫です!これからはわたしがずっと一緒に居てあげます!」
 
 「寂しいって…。いやいや。たまにそう言われるけれど、別に寂しいわけじゃなくて…。って、これからはずっと一緒ってどういう事?」

 慌てて否定し疑問を呈したが、それに構わず有妃はしゃべり続けた。そして俺に絡みついた蛇体を優しく引き寄せようとする。思わぬことに驚き抗おうとしたが、想像をはるかに超える怪力で全く抵抗できない。
 
 そして、俺を有妃の隣に無理やり座らせると優しく手を握った。とても柔らかく、そして暖かい手だ。ラミア属はもっと冷たい手をしているのかと思ったが思わぬ心地よさだ。だが…一体この人俺をどうするつもり?

 「ちょっと待ってくれ川瀬さん!いったいどうしたの?」
 
 「いいんです!何も心配しないでいいんですよ。私に全部任せてください…。」

 有妃は俺を安心させるような様な声で語りかける。でも人の話を全く聞こうとせず、自己完結したかのような態度に少々恐怖を感じてきた。穏やかだがどことなく虚ろな瞳だ。よく『レイプ目』と言われる表現法があるが、感覚的にはあれに近い。
 あまりの予想外の行動に混乱している俺をよそに、有妃は、ああそうだ、と言わんばかりに手を叩いた。

 「そうですね。それじゃあ早速帰りましょうか。森宮さ…いいえ佑人さん。」
 
 「帰るって、一体どこに?」
 
 「もちろん『私達』のおうちに決まっていますよ。一緒に今後の事を色々語り合いましょうね。」

 私達のうち?今後の事?そして俺の事を名前で呼んでいるし…。一体なんで?俺はどこでどう間違えてこんな事態に陥ったんだ?この人絶対変だ………。そうだ。そういえば彼女は『白蛇』だった…。

 信頼している社長の紹介だからと言う事であまり意識していなかったのだが、白蛇と言えばその嫉妬深さと思い込みの激しさで良く知られている。種族の性格としては『嫉妬深いが温厚かつ献身的で無理やり男を襲う事は無い』とされているのだが、ネットを見るとなぜかそれに反する話が多い。突然拉致監禁されて堕ちるまで犯され続けた、とか信じがたい様な話もある。

 もしかして気が付かないうちに有妃のヤンデレスイッチを押してしまったのか?でも、それにしてもおかしい。有妃の様な立派な女性が俺の様な男を好きになる要素は無いはずだ。こんな無気力で社会に背を向けている男など、好かれるはずがないのは自分で良く分かっている。だが、そうか…。ここでようやく俺は思い当たった。

 そうか。有妃は俺の精が目的なのかもしれない。事情は分からないが彼女は精が必要で、それで一時しのぎに俺を必要としているのかと…。成程。これでようやく辻褄が合った。納得すると困惑と動揺は消え、妙に悲しくそして虚無感にも似た感情が湧いてきた。

 「ねえ川瀬さん…。早い話精が欲しいだけなんだろうけれど、俺みたいな駄目人間の精は絶対にまずいよ。悪い事は言わない。他の立派な男の…ッ!!」

 最後まで言葉を言えなかった。有妃が俺の胴体に巻き付いた蛇体をきゅっと締め付けてきたからだ。痛くは無いが急な圧迫を受けて、思わずうっという呻き声を漏らしてしまった。よく見たら有妃は不快な表情を浮かべている。

 「佑人さん。それはどういう事ですか?私が精だけを目的としてあなたに近づいたとでも思っていらっしゃるのですか?失礼ですがそれはあまりに酷いお言葉と言うもの…」

 「だってそうじゃないか。さっきも言っただろ。俺はぼーっとすることが好きで、毎日平穏無事に過ごせればいいと思っているだけの無気力な人間なんだよ。川瀬さんの様な立派な女性に好かれるなんてありえないのは良く分かっているんだよ。」

 厳しい声音で俺を非難する有妃だったが、それに負けじと苛立った調子で反論した。自分なんか好かれる要素は無いのはわかっている。わかってはいるが、精のためだけに非常食めいた扱いをされた事への憤りは抑えきれなかったからだ。
 
 俺たちは暫くの間見詰め合った。というか睨み合いに近かったかもしれない。普段はこんな「眼を付け
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