第4章 ふたりの馴れ初め 4

「有妃こっちだ。こっち。」

 その女性に気が付いた桃里社長が呼びかけた。彼女は白を基調とした着物風の服を着こなしている。でも、白蛇と聞いていたが普通に二本の足で歩いているけれど…。そうか。人の姿に擬態しているのか。混雑した駅前では長い蛇の胴体では何かと不便だろう。成程な。と納得している間に彼女は俺達の前にやってきた。

「すみません桃里さん。渋滞に巻き込まれてしまって…。何とか間に合いましたか?」

「心配するな。まだ2〜3分前だ。」

 白銀の髪の女性はそれを聞くとほっとしたような表情を浮かべた。服と透き通るような外見が良く調和している。

「それと、今日は本当にありがとうございます。今までの貸しから差し引いときますね。」

「全くだ。これで借りはチャラだからな。」

 二人はお互い軽口をたたきあっていたが、白蛇の女性は俺に目を向けると嬉しそうな笑みを見せた。ふわっとしているがどことなく儚げなその笑顔に俺はどきりとする。

「森宮さんですね。初めまして。私は川瀬有妃と申します。今日はお忙しいところありがとうございます。こうしてお会いできる事をずっと楽しみにしていましたわ。」

 白蛇━有妃は少し低いが安心感のある声で語りかけると、丁寧にお辞儀をした。本当に整った顔立ちだ。つぶらで優しげな瞳、通った鼻筋、少し笑みを浮かべている柔らかそうな唇。そして白く透き通りそうな髪と肌と、血を思わせるような朱色の瞳が神秘的だ。だが穏やかな表情のおかげだろう、温かく和むような美しさを醸し出している。
 
 鋭く尖っているが爽やかな雰囲気のレジーナとも天真爛漫で小悪魔的な愛らしさのエレンとも違う。同じ魔物とはいえ一括りにはできないなと感心する。

 だが、なまじ白蛇という種族について知識があるだけに、それも妖気を漂わせているかの様な魔性の美しさに見えてしまうのは不思議だ。その麗しい姿にしばらく見とれてしまったが、我に返った俺は立ち上がると慌ててあいさつをする。

「初めまして……。森宮佑人です。今日はよろしく……お願いします……。」

 緊張していたせいか声も上ずり、相当強張った顔をしていたと思う。こんな顔つきでは有妃もさぞかし気分を悪くしただろう。何かうまい事を言えればよいのだろうが、とてもじゃないがそんなスキルは無い…。こんな俺のざまを見て、お前は礼儀知らずだ、と言うレジーナの言葉が何度も頭に反響する。いくら今日の目的が嫌われる事とはいえ、これではあまりにも惨めだ。
 
 そんな俺の内省を知ってか知らずか、有妃は相変わらず柔和な微笑みを浮かべている。本当に素敵だな…またしても俺は見とれてしまった。

「さてと…。皆立っていないで座るとしようか。有妃もその体では疲れるだろう。無理しないでくつろげばいい。」

 社長が笑顔で声をかけると早速俺たちは腰かけた。だがその時、有妃の体に思わぬ変化があった。すらっとした両足が溶解するかのように一つになると、白く長い蛇の様な体を形作っていく。そしてそれは俺たちが座っている4人掛けのテーブルをぐるりと取り巻いた。いつの間にか真珠の様な光沢をもつ鱗が蛇体全面に現れ、それがつややかでとても綺麗だ。俺はその情景を言葉も無くじっと見つめてしまう。

「ふふっ。とても情熱的にご覧になっていましたけれど、私の体はそんなに珍しかったですか?」

 俺の視線に気が付いた有妃が、からかう様に笑った。ああ…。レジーナとの一件で懲りたはずなのにまたじろじろ見てしまった…。俺は本当に馬鹿だ…。自己嫌悪に苛まれながら俺は頭を下げた。

「申し訳ありません。本当に失礼しました…。」

「いいんですよ。気にしないで下さい。私たちはこれからお互いの事を知っていく必要があるんですから。興味があるならもっとじっくりご覧になって下さいね。」

「そうだぞ。有妃相手にそんな気を遣う必要なんかない。」

 平身低頭して詫びる姿を見かねたのか、有妃は思いやりに溢れた声で慰めてくれた。桃里社長も茶化しながらも場を盛り上げてくれている様だ。思わず顔を上げると、有妃はとても暖かい笑顔で微笑んでいる。その笑顔を見て俺はほっとして救われた気持ちになった。
 だが、『これからお互いの事を知っていく必要がある』か…。もう今後付き合って行く事は確定なのかと不安が頭をよぎってしまった。

 そしてお互いの自己紹介も終えて、さてこれからと言う時だ。社長がおもむろに立ち上がった。

「さてと…。それじゃあ後は若い二人で、と言う事かな。私はこれで失礼するよ。頼む有妃。森宮君をちゃんと送ってやってくれ。なにせこの店はこんな環境だからな…。」

 社長は声を潜めてにやりとしてみせた。いよいよ俺と有妃の二人だけの勝負が始まる。だが、こうなる事は予期していた。覚悟はできている。は
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