そして当日。不安と妙な期待、待ち合わせに遅れてはならないという強迫観念からおかしな精神状態になり、俺は集合時間の1時間も前に狸茶屋の前に来てしまった。店は駅前の歓楽街の一角にあり、ドアには『未成年者の立ち入りを禁じます』の文字。
そうだよな。例の噂が本当なら当然だよな。と納得する。だが、さすがに1時間前は早すぎた。どうしよう。本屋で立ち読みでもして時間を潰すか…。そう思った時、突然目の前の扉が開かれた。
「インキュバス?…いえ、どうやら人間の男の方のようね。もしかしてドワーフの桃里さんのお連れの方?」
俺の目の前に立っていたのは紫色の半透明の液体。人を象っているその姿の胸部には顔の様な丸い球体が浮いている。これは…ダークスライムか?通常のスライムは何度か見た事があるが、ダークスライムを見るのは初めてだ。思わずその姿をまじまじと見つめてしまう。彼女はそんな俺を見て柔らかに笑った。
「私はここの店の者ですけれど、どうかしました?」
「いえ…。すみません。そうです。連れの森宮です。」
「やっぱりそうですか。どうぞお店の中へ。桃里さんから話は聞いているわ。」
ダークスライムの子は店の中に招き入れようとした。だが一人で入る事に抵抗があった俺は尻込みする。
「あ、いえ。連れが来るまで待っています。」
「何を言うの。外でなんか待たせる訳にはいかないわ。」
「いいえ。本当に結構です。」
「大丈夫。桃里さんはうちのお得意様だから。お得意様のお連れの方に誰も手出しさせないわ。」
「いや…。待って!ちょっと待って!!」
俺は強引に店の中に入れられたが中は意外と普通だ。明るく清潔感溢れており、よくあるチェーンの喫茶店とほとんど変わらない。すでに魔物とインキュバスのカップルが何組か居るが、思い思いに談笑したり、抱き合ったりしている。もっと薄暗く、香の煙が漂う店の中で大乱交しているのでは、とそんなイメージを抱いていた俺は拍子抜けする。
「こちらの席へどうぞ。」
椅子に座るとダークスライムは早速メニューを出してきた。ええと、虜の果実100%ジュースに、虜のケーキに、虜のパフェ…。おいおい。人間の俺から見れば危険なメニューしかないじゃないか…。まあ、ここはコーヒーが無難だな。
「コーヒーをお願いします。でも、持ってくるのは連れが来てからでかまいません。」
「そう…。虜の果実や陶酔の果実100%ジュースはいかが?当店のおすすめなんですよ。」
「いえ。結構です。」
「デザートに特濃ホルスタウロスミルクとアルラウネの蜜をたっぷり使ったケーキはどうですか?」
「いえ。本当にお構いなく。」
みんな噂には聞いている魔界の食料品だが、興味はあるが食べる事には抵抗がある物ばかりだ。一度食べたら人間を辞めなければならない様な、危険な薬物の様な印象が強い。
麻薬の売人でもあるかのように、ダークスライムはしきりに勧めてきたが俺は何とか断った。
「ふふっ。そんな警戒しなくてもいいのに…。わかりました。桃里さんたちが来たらお持ちしますね。」
ダークスライムは悪戯っぽく笑うとカウンターの奥に去って行った。さて…。恐る恐る店の中を見回す。幸いにも客は魔物とカップルのインキュバスだけしかいない。誰も俺の事など気にも留めていないようだ。しばらく俺はケータイなど見ていたが、その時不意に声を掛けられた。
「お客様。」
先ほどのダークスライムの店員がにこにこしながらやってきた。手に持ったお盆の上にはガラスの器に入った黒いゼリー。上に生クリームが乗っている。
「あの…これは。」
「初めてのお客様に当店からのサービスです。とってもおいしいコーヒーゼリーよ。ご心配なく。魔界産の食料は何も使っていないから。」
「どうもありがとう。」
甘党の俺にとって生クリーム乗せコーヒーゼリーは当然好物なのだが、こんな状況では食欲などある訳なかった。目の前に置かれたゼリーをただじっと見つめる。
一体社長はいつ来るのだろうか。早く来過ぎた自分の事は棚に上げて少々非難めいた感情を抱く。その時、店のドアが開いた。社長が来てくれたのか。俺は期待を込めてドアの方を見た。
そこに居たのマリンブルーの髪の少女。尖った耳と人間では想像もつかない様な整った美しさから魔物と分かった。彼女はアニメのお嬢様キャラが着る様な可愛いリボンのついた服を着て、そして…なんと竹刀を腰に差している。え、こんな美少女がなんで竹刀?俺は失礼と分かりつつも彼女から目を離せなかった。
ぶしつけな視線に気が付いたのか少女は俺に目をやった。しまった!気が付かれた。俺は慌ててケータイに目をやるが時すでに遅し。少女はつかつかと前に歩み寄った。
「そこの
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