「ミコトちゃん。そろそろいいかな?」
「もうちょっと待って。たーくん。」
ある暖かな日の午後、今日は久しぶりに彼女と一緒に出掛ける事になった。彼女は僕にはもったいないぐらいの良くできた人だ。我ながら駄目な奴だと思う僕をいつも優しく支えてくれる。
「でも本当にここでいいの?たーくんの気が乗らないなら別の場所にしよう。」
「ううん。ここだからいいんだよ。だってここは僕たちにとって記念の場所だからね。」
「へえ。たーくんってそういう事言う人だったんだ。」
彼女がいたずらっぽく笑う。
「ミコトちゃんやめてよ。言ってから急に恥ずかしくなってくるじゃないか…。」
「ごめんごめん。でも気にしてくれていて嬉しいよ。」
そう言って微笑むと僕の手を優しく握る。今から行こうとする所。そこで僕は自分を終わらそうとしていた。いまはその傷も癒え毎日を心穏やかに過ごしているのだが、それも僕の彼女、というか実際は保護者であり、ある意味僕の支配者と言ってもいいミコトちゃんのおかげだ。
まさかこんな事になるなんてなあ…。手をつないで一緒に歩きながらあの時の事を思いだす。それは数年ぶりにこの故郷の街に帰ってきたときの事だ…
「さて、ミコトちゃんにメールしよう。」
街に着いた僕はつぶやいた。久しぶりの帰省だが、生きてミコトちゃんに会うのも、この街を見るのもこれが最後だろう。もう疲れた。なにもかも嫌になった。惨めで情けない人生にこれでピリオドを打つ。せめて最後は生まれ故郷のこの街で迎えよう。
彼女は地元の白蛇を祭っている神社の巫女で僕の幼馴染。いつも色々と世話を焼いてくれた。両親が事故で無くなった時も一緒に住もうと言ってくれたほどだ。そんな彼女にいつのころからか心惹かれるようになったが、ついに思いを伝える事はできなかった。
すべてを投げ出すように街から出て行く時も親の様に心配してくれた。そして、もういちど一緒に住もうと言ってくれた。本当はその時に伝えたかった。君が大好きだと。ずっと一緒にいてくれないかと。でも結局何も言わずに街から出て行った。
僕なんかと一緒にいてもミコトちゃんは不幸になる。彼女を幸せにする自信なんかまったくない。結局僕は臆病だったのだろう…。当時を思い出しため息をつく。
気が付くと携帯が鳴っている。もうミコトちゃんから電話が入った。
「もしもしたーくん?どうしたの急に。」
「うん、ちょっと有給が取れたんで久しぶりに帰って来たんだけど…。ミコトちゃんは変わりない?」
「わたしはいつも通りだよ。特に変わりなし。」
「そっか。それはなにより。それで、ひさしぶりにそっちに行きたいんだけど…いいかな?」
「えっ!来てくれるの!もちろんいいよ!で、いつ来るの?すぐ来られるんでしょ?」
ミコトちゃんの楽しそうな声を聞くと思わず嬉しくなる。
「うん。今からでもいいかな?」
「もちろん!それじゃあ、神社で待ってるね!」
良かった。喜んでくれているようだ。最期にミコトちゃんの笑顔を見られればもう思い残すことは無い。
何度も通った神社への道を歩く。良く晴れた穏やかな日。僕が消えて行ってもこの街は何事もなく存在していくのだと思うと無性に泣きたくなった。
でも悲しい顔は見せられない。ミコトちゃんは昔から感の鋭い子だ。僕の些細な気持ちの揺れを敏感に見抜いた。隠し事なんか出来たためしはなかったな…。そんな事を考えていると不意に後ろから声がかけられた。
「たーくんおひさしぶり!」
そこには大好きな人の笑顔があった。真っ直ぐな黒髪。切れ長の美しい瞳。昔と全く変わらない。
「え?ミコトちゃん?神社で待っているはずじゃ…。」
「うん、いつもたーくんはこの道を通ってくるでしょ。だからここまで来たんだよ。」
とっさの事で少し驚くも、僕はすぐに笑顔を作る。
「そっか。本当に久しぶりだね。何年振りだろう。でもいつもミコトちゃんは電話してきてくれるから、あんまり久しぶりって感じがしないんだけど。」
「それはそうだよ。こう見えてわたしたーくんの事心配してるんだよ。あのときも突然出て行っちゃうし…。」
「ま、まあこんな所で話すのもなんだから。ね?」
話が長くなりそうなので僕は口をはさんだ。
「それもそうだね。家でゆっくり話しましょ。」
神社も昔と変わらない佇まいだ。白蛇をかたどった岩も以前見たまま。古びているが掃除も行き届いている。ミコトちゃんの管理がよいおかげだろう。
僕は清冽な空気を胸いっぱいに吸い込み、なつかしい光景を目に焼き付ける
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