穏やかな陽の光に包まれた、草花が青々と茂る平原。緑の絨毯に一本の線を引いたかのような街道の上を、二頭立ての荷馬車が時折音を立てつつ、のんびりとした歩調で進んでいる。
馬車といえどその荷車を牽くのは馬ではなく、本来寒冷地や雪山で見られるホワイトホーンと、不純の象徴とされるバイコーン。半人半馬の身体を持つ、二人の魔物だった。
御者台では屈強な肉体を持つ初老の男性が仰向けに寝転がり、顔の上に開いた本を置き、両腕を枕代わりにして寝息を立てている。
荷台の上では無数の書物や樽、蓋のされた木箱や壺、そして天板と底面以外ガラスで作られた奇妙な円柱状の物体が、ゴトゴトと揺られるたびにぶつかり合い、様々な音を奏でる。
「旦那様?旦那様?」
荷車を牽きつつ、バイコーンが背後の男へと声をかけた。しかし男は目を覚まさず、眠りの深さを寝息で示すのみだった。
「…粗チン。」
呟くようなバイコーンの言葉と共に男の鼾が止み、片腕を動かし顔を覆っていた本を軽く持ちあげた。その眼からは、あまり機嫌が良くない事が伺える。
「お眠りの所申し訳ないのですが、そろそろお昼にいたしません事?」
男は身体を起こし、欠伸と共に伸びをした。白髭を蓄え凛々しい顔立ちだが、寝起き故か酷くだらしない表情を浮かべている。
「昼ってお前、こいつを運び出すので大分時間を取られてもう時間に余裕が無いんだぞ?」
背後の円柱状のガラスを二度軽く叩いて見せる。
しかしバイコーンは見せつけるかのように身体をくねらせ、艶めかしい声を上げた。
「既に朝食から7時間も経っていますのよ?もう身体が耐えられませんわっ
#9829;」
「それに、その荷物を街中に堂々と運び入れるのは、少々問題があるかもしれませんねぇ。せめてなにか被せないと…。」
バイコーンの嬌声に続き、ホワイトホーンからも声が掛る。
「お前まで…。うーむ、しかしだなぁ。足を速めれば割れるだろうし…。」
男は顎に手を当て、荷台のソレへと視線を向ける。
円柱状の物体、ガラス一枚を隔てた内部は半透明の黒い液体で満たされている。更にその中には、首元まではある白い髪を生やした、幼い少女のようなものが浮かんでいる。
溶液ごしでもわかる程に病的な白さの肢体。頭部や腰にはイヌ科を連想させる、頭髪と同色の耳や尻尾が見て取れる。その身体にはなにも纏っていないが、性器の類は一切見当たらない。
異常な白さや性の象徴の欠如、見る者に無機物的な印象を与えるソレは、目を瞑り口を閉じ、ただそこに漂っている。
「確かになぁ…。こんな人形、さすがの親魔物領でも目立つだろうな。」
「依頼には無かった代物だったのに、なんで持ってきてしまいましたの…?」
バイコーンの質問に、男は振り替えぬままに応える。
「勘だよ。俺の勘が、こいつは持ちだしてやった方が良いって囁いたんだ。ロマンを求める男の魂が……で……その時………でピンッと……だがしかし……であるからして………………………………
「んー、よくわかりませんわ…。」
男の講義に呆れた様子で、馬車を牽く作業に意識を戻したバイコーン。それと入れ替わるようにして、ホワイトホーンが口を開ける。
「調べてみて変哲もない人形だったら、そういった趣味のお方にお売りすればよい事でしょうしねぇ。」
このまま街まで持つといいのですが…と、ホワイトホーンは小声で付け加えた。
しばらく円柱状の容器を眺めた後、頭を掻きつつ、男は二人へと向き直り、手を二度叩いた。
「よし、布掛けがてら飯にしよう。」
「やったぁ!白昼堂々青空の下でだなんて…興奮しますわっ!」
バイコーンが馬車のくびきから手を離し、嬉々とした様子で振り返る。ホワイトホーンの方も頬をほんのりと朱に染め、熱のこもった眼差しで男を見やった。
「ハッハッハッ!おいおい、ソッチは夜まで我慢してくれ。身体がもたんだろうが。」
笑い飛ばす男だったが、眼の前の二人の様子がおかしい事にはすぐに気が付いた。
男に釘付けになり、硬直している。顔には怒りとも恐れともつかぬ色をうかべ、ただ男を凝視している。
「どうしたお前ら、冗談抜きに辛抱溜まらんのか…?」
それに対する返答は帰ってこず、バイコーンが男の肩のあたりを指さすのみだった。ホワイトホーンに至っては文字通り石の様に動かなくなってしまっている。
釣られるようにして男は自分の肩へと眼を落とした。そこにはなにも無かったが、視界の端に違和感を覚えた。
御者台に座る位置をずらし、背後の容器へと眼を向けた時だった。
男は、何者かと眼が合った。
白い人形とではない、ガラスに移り込んだ自分とでもない。
容器の、溶液の中に浮かぶ、黄色い眼球のような物体とだ。
次の瞬間には、男はホワイトホーンに上着の
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