目の前には青く澄んだ空がどこまでも広がっている。僕はその光景を地べたに転がったまま見つめていた。
雲から覗く日差しは柔らかく、頬を撫でる風が心地よい。冬の到来を感じさせる秋の風が、汗ばんだ体を冷やしてくれた。
「ケヴィン。いつまでそうしているつもりだ」
太陽を背負った人影が、僕に影を落としていた。逆光に目を細めながら顔を向けると、腰に手を当てて僕を見下ろすステラの姿があった。
横髪から除く水ヒレのような耳。大きく鋭い爪を持った足に緑の鱗に覆われた腕。そして臀部から伸びる太く大きな尻尾。それらの特徴が、彼女がリザードマンであるということを雄弁に示している。
風が吹く度、リボンでまとめられた彼女の髪が尻尾のように揺れていく。日差しを受けて輝く髪は、収穫を待ちわびる小麦を思い出させた。
「風が気持ちよくてね」
「答えになってないぞ」
切れ長の瞳を更につり上げ、憮然とした様子でステラが呟く。その調子に苦笑を漏らしながら僕は体を起こした。
小高い丘の向こうに住み慣れた街並みが見える。海を抱く石造りの街並みが、日差しを浴びて白く輝いていた。
民家から煙が上っている。そろそろ昼に差し掛かる時間だ。白い煙がたなびいて、空へと消えていく。風が強い日だった。
「まあ、たしかにいい風だな」
ステラが腰を落ち着ける。町外れの草原には僕と彼女の姿しかない。風に運ばれた彼女の香りには、わずかな甘さが混じっていた。
「今日も私の勝ちだな」
「また手も足も出なかったよ」
「そうか? そこそこ善戦はしてたぞ」
傍らにあった木剣を目の前に掲げてみる。樫で出来たその粗末な剣には無数の傷がついていた。この傷の数が、ステラに挑み、敗北した試合の多さを物語っている。僕はただの一度すら彼女に勝ったことがなかった。
深い溜息をつく僕にステラが微笑を浮かべていた。
「ケヴィンも昔より力強い踏み込みが出来るようになったな。剣を正面から受けると、少し腕が痺れる」
「僕は腕が痺れるどころじゃなくて、全身がガクガク言ってるよ…」
「体の作りが違うからな。それに私の方がお前より一歳年上なのも忘れるな」
冷静な指摘に、反論する気力すらなかった。体を動かす気になれないのは、何も疲労だけが原因ではないだろう。表には出さぬように努めていたが、僕は敗北に落胆していた。
「ふてくされるな」
ステラが忍び笑いを漏らしているのが気配で伝わってくる。その雰囲気からは余裕が感じられた。
リザードマンであるステラは、人間である僕よりも身体能力に優れている。強い虚脱感に襲われている僕とは対照的に、彼女は汗一つかいていない。それだけの差が僕とステラの間には横たわっている。
そして体力以外でも、僕が彼女に勝っている要素などなかった。精神的にも技術的にも彼女は常に僕の数歩先を進んでいる。
今までも、そしておそらくはこれからも。僕はいつまでたってもステラに勝てないのだろう。
「またくだらない事を考えてるのか」
ステラの指先が僕の額に触れる。前髪に隠れたその部分には、意識して見なければ分からないような小さな古傷がある。
指先から伝わるステラの熱に、僕は咄嗟に顔を背けた。
「別に、何も考えていないよ」
「誤魔化すな。何年の付き合いになると思っているんだ」
「少なくとも、くだらない事ではないよ」
「まったく。減らず口は達者だな」
ステラは深く追求してこなかった。察しのいい彼女なら、僕が遠まわしに認めた事を、気づいていないわけがない。しかし、それにはあえて触れないでくれた。僕に悩みがあったとしても、僕自身が口を割らない限りは、彼女は決して聞いてはこないだろう。その気遣いが今はとてもありがたい。
「ほら。いい加減考え事はやめて、さっさと行くぞ」
笑いながら彼女がゆっくりと立ち上がる。
太陽を背負うステラの姿はとても絵になった。今日の彼女は裾の長いズボンと白いチュニックを身に着けている。生地が薄いせいで、シルエットが露になっている事に彼女は気づいているのだろうか。いや、気にしてもいないのだろう。彼女より弱い僕は、異性として見られてもいないのだろうから。
「もう少しここに居てもいいだろう?」
「何を言っている。試合の後は買い物に付き合う約束だろ。忘れたとは言わせんぞ」
忘れていた。ものの見事に忘れていた。しかしそんな事は億尾にも出さず――少なくとも出さないように努力はした――、僕はゆっくりと立ち上がる。
彼女はわずかに唇を尖らせていた。
「私はいまとても悲しい」
「ごめん…今日は仕事の直前まで付き合うので勘弁してください」
「ふふ、今の言葉忘れるなよ」
僕の言葉に彼女はころりと表情を変える。勝ち誇った笑みを見て、僕は彼女につままれた事を悟った。
(まったく。本当に僕は彼女に勝てないな)
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