「思ったより、遠い…」
城下町への門が見え始めて以降、息を整えつつゆっくり進んでいった。
進んでいったのだが、眼前の門扉は確実に大きくなっていくものの、一向にたどり着く気配がない。
「ねえシェリー、実は街が動いたり、幻でしたってこと、ない?」
「街は動かないし、ちゃんとそこにあるんだよ?」
「森は動いてたのに?」
「あれは生き物だからね。植物だって動きたい時があるのさ」
「!!」
「アリス?びっくりしてどうしたの?」
「なんだろう、間違ってるはずなのに、妙に納得してる自分がいるの」
「常識なんて所詮、思い込みだよ。場所や人によって違うものを中心に考えるのが、そもそも間違ってるのさ」
「おかしいわ、シェリーがなんだか賢い」
「にゃぅ…、普通に傷つくんだよ、アリス」
シェリーの耳がしょぼんと伏せられる。
旅の中で度々思っていたことだが、私はどうにもこの顔に弱い。
シェリーがすねたり、少しだけ悲しい顔をすると、普段のニヤニヤ笑いとのギャップからか、胸がすこしきゅんとなる。
…確かに、いつも卑猥なことを言っていたから微塵も思わなかったが、決してこの猫は頭が悪いわけではなかった。
流石に言いすぎだな。ついさっきも言い過ぎて喧嘩したばかりなのに、反省しないと。
「ごめんなさいシェリー。その、機嫌直してよ」
少しつま先立ちをし、シェリーの耳に手を伸ばす。
私のしたいことが分かったのか、手の位置にあわせかがむ猫。
親指を耳の内側に軽く添え、つまみながら優しくなでる。
シェリーはもっともっととせがむように、目を閉じ、耳を私の手に押し付けた。
耳をなでる手だけじゃなく、心まであったかくなる。
猫らしく甘えてる彼女が、なんだかこう、その、愛おしいというか、うん。
そうしてしばらく猫をなでていたが、いつまでもこうしてるわけにもいかない。
私がなでる手を離すと、シェリーがとても名残惜しそうな顔をした。
またこの猫を甘やかしたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「さ、そろそろ行きましょうか」
「もっと撫でててもいいんだよ?」
「街に着いたらもう一回してあげるから、ね?」
「うーん、まあ、そういうことなら、いいよ」
結局、もう一度この猫を愛でる約束をしてしまいつつ、先に進むことになる。
甘いなあと思うものの、シェリーが喜んでくれるならそれもいいかな、なんて。
初めは、ただの怖い魔物だったのにね。
そうしてしばらく歩いていくと、ようやく城下町へ通ずる門の前にたどり着く。
なかなか着かないと感じたのは想像よりもこの門扉が巨大だったからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
門の両隣にはスペードのトランプから体を出したような不思議な見た目の兵士がいて、しっかりと門を守って…
「うぅ、つまらない!退屈だぁ!」
「くっそう女王めえ。なんで私たち今日門番係なんだよぉ」
守って、いるのかなあ?
女王に対する忠誠心も、なんか、そんなでもないような?
「お?人間だ!人間がいる!」
「見た感じ迷子のメイドさんかな?」
「猫もいるねえ」
「でもなんか、おかしくない?」
「ね。あのメイドさんとっても猫のにおいがするのに、まだ魔物じゃないんだね」
「お気に入りなのかなあ?」
「不思議だね。もしかしてクローバーの奴らみたいにちょっと大人しいのかも」
「あー、でも不思議の国だからいいんじゃない?そういう猫がいても」
「それもそうかもねぇ」
子供らしい口調でこちらのことを話す門番さん達。
双子のようにそっくりな容姿でなんだかとても、とても…。
とても…、なんだろう?かわいい?
そうだ、森で芋虫の魔物にも言われたけど、私からはシェリーのにおいがするという。
そんなにするのかと思い、あの時と同じように手の甲を嗅いでみる。
先ほど撫でていたからか、今度は微かに、甘い甘い猫の匂いがした。
あと、魔物じゃないことに疑問を持つってことはやっぱり、普通人間の女性はそうなるってことで。
私、大丈夫よね?魔物になったら、お屋敷に帰れなくなっちゃうんだけど…。
初めてシェリーと出会ったとき私が彼女を恐れていたのは、私の居た国が反魔物領だったからで、そんなところに魔物として戻ればどうなるかなんて、わかりきっている。
「ねえトランプ達、ここを通ってもいいだろう?」
「ああ別にいいよ。猫が案内するんなら危ない人間でもないだろうし、ご自由にどうぞ」
「そもそもこの国に来る人間なんて、ついうっかり迷い込んだのを除けば、招かれたお客様なのにね」
「ね。そんな人間が危険なはずないのに、…あれ?これ門番いる?」
「いる、のかなあ?」
自分たちの役目に疑問を持ち始めた門番さんたちが少しだけかわいそうに
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