騒がしい、や、騒がしかったのはマリエッタさんだけだったけど、とにかくお茶会を後にして、私たちはさらに森の奥へと進む。
隣を歩くシェリーの顔にいつものニヤニヤ笑いはなくて、なんだか変な顔。
最後メリッサさんと一触即発みたいな空気だったし、喧嘩でもしたのだろうか。
「アリス、ここを右だよ」
「右ね」
帽子屋もといメリッサさんから今日の出口とやらを教えてもらった猫に、私はついていく。
木々の間や獣道に沿って、森の中のお散歩が順調に続いていった。
「今度はこっちだよ」
また右に曲がり、小さなキノコの群生地を、そのキノコを踏まないよう気を付けて歩く。
靴を履いているから大丈夫だと思うけれど、なにせここは不思議の国、何があるかわからない。
「大丈夫だよアリス。ここのキノコはおいしいんだ」
「どういう意味で?」
「そういう意味、だよ」
「…危なくないの?」
「死にはしないよ?死ぬほど体が火照っちゃうだけさ」
「うん、知ってた。つまり私にとってはとっても危ないってことね」
「寒い言葉遊びは嫌いだよアリス」
「そういう意味で言ったんじゃないから!」
いつもの軽口のはずなのに、シェリーはいつもの顔ではなくて。
なんだか、調子狂うなあ。
またしばらくして、次も彼女に従い右に曲が…、って、待って?
一回目は右に曲がり、二回目も右に曲がったのよね?じゃあ…
「これって元の場所に戻るだけじゃない!」
「そうなのかい?」
「そうよ!普通に考えてみてよ!私たち同じところをグルグルまわってる、だ、け…」
それでも歩を進めると、目の前に広がるのは、自分の背丈よりかなり大きなキノコが広がる景色。
さっき、こんな場所通ってない。
「この森に同じ場所はないんだよ?歩みを進めれば必ず違うところにたどり着くのさ。そんなことも知らないのかい?」
シェリーの言葉にすこしカチンとくる。
私はこの国の住人じゃないし、しかも今までの常識なんかこれっぽっちもあてにならない。
なのに、なんでそこまで言われなきゃならないの?
それにさっきから渋い顔して、これって。
「ねえシェリー、貴女なにか怒ってない?」
「別に、そんなんじゃないよ」
「でもなんだかぶすっとしてる」
「…帽子屋がアリスに悪戯しようとしたし、肝心のアリスはネズミにご執心だったからね」
つまり、この猫はやきもちを焼いているんだろうか。
でも私は別にこの猫のものになった記憶はない。
そりゃあ、案内してもらってはいるけれど、それはそれ、これはこれ。
「勝手にやきもち焼いてもらっても困るんだけど」
「ふんだ。アリスなんか、エロエロメストカゲに食べられちゃえばいいんだ」
エ、なんとかトカゲがどういった存在なのかとても気になるが、今はシェリーのことを優先しなくちゃ。
「機嫌直してよ。貴女がそんなだと、この先気が重いんだけど」
「ハクジョーで、オンシラズで、オモイヤリのないアリスの言葉なんか、聞いてあげないよ!」
そう言うと顔を背けそっぽを向く猫。
…なにそれ。
勝手に自分の感情押し付けて、勝手に嫉妬して。
私は、貴女の所有物なんかじゃない。
「もう!!さっきから子供みたいに!」
「言っただろうアリス。猫は気まぐれなんだよ」
「気まぐれだからって、なんでもしていいってわけじゃないでしょう?」
「違うね。猫は自由で、自分の感情のままに生きる生き物なのさ」
「貴女は魔物よ?!」
「魔物であってチェシャ猫なんだよ」
「さっきから猫、猫って、だからなんだっていうの!」
売り言葉に買い言葉。
感情を理性で抑えることができなくなっていく。
「私は貴女のものになった覚えはないし、別に貴女も、私の飼い猫なんかじゃない!」
「お互いただの知らないヒトなのに、なにを勘違いしてるの!!この馬鹿猫!!」
その言葉を聞いたシェリーが、ひどく傷ついた顔をする。
初めて見るその悲しげな顔に、とても罪悪感が沸いた。
「…知らない」
「えっ?」
「知らないよ!アリスなんか!もう知らない!!」
「私が消えて、困っちゃえばいいんだ!」
その言葉を最後に、彼女の姿が消えかかる。
「ま、待ってシェリー!」
のばした手が、虚しく空を切る。
私は、自分を守ってくれていた猫を、自ら突き放してしまったのだった。
一人残された私は呆然とする。
周りがキノコだけだったおかげかツタに襲われるということはなかったが、でも、良いといえる状況はそれだけだった。
私は一人では、なにかあったときにどうすることもできない。
森の罠に引っかかろうが、ほかの魔物に襲われようが、私を助けてくれるあのふわふわした手はもう差し伸べられないのだ。
それに、シェリーは私のことを気にいったと言ってくれた。
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