背の低い草の生い茂る丘、優しく降り注ぐ日の光、今は青い、澄み渡る空。
なだらかな傾斜を下りつつ、私たちは歩を進める。
「こんな状況じゃなきゃ、のどかで、いい天気で、最高なんだけどなあ」
きっと今の私は、遠い目をしてるのだろう。
「どうしたんだいアリス?まるで芋虫みたいな顔をして」
まるで自分は関係ないといった感じでこちらを見るニヤけ顔。
少なくとも、こんな状況になったのは貴女のせいよ…
というか、芋虫みたいってなに?
「別に。なんでもない。それで、この国の案内って言ってたけど、具体的にどこに行くの?」
「そうだね、本当ならこのまま自由気ままに周りたいんだけど」
「だけど?」
「君の望みを考えるなら、女王に会いに行くのが一番かな?」
「へぇ。国って言ってたし、お城も見えるからなんとなくそういう方が居るのかなとは思ってたけど、本当に居るのね」
「まあ女王っていっても、わがままで、気まぐれで、傲慢な、子供みたいな魔物さ」
「最近は城の執事がつい、女王の好きなスープをほんの少ーしこぼしてしまったせいで、彼は首を…」
「えっ?」
そう言いながら顔を暗くする彼女に、頭の中が凍り付く。
さっきシェリーが頭を悩ませていたのは、つまりはそういうことなのだろうか。
そんな魔物に会いに行かなくてはならないなんて…
「まあ」
そう彼女がつぶやくと、急に視界からその姿が消える。
背後から耳元に、ねっとりと囁く声がする。
「首は首でも、カリ首を、それはもうじーっくりと、いじめられただけなんだけどね」
頭の中が別の意味で冷めていく。
ああ、そうなの。そういうね。
「にゃふ?意外と冷めた反応だね。もう少し顔を赤くしたりしてくれると思ってたのだけど」
「アリスも案外、そういうことに耐性があるの?それとも好きだったりしちゃう?」
期待でわくわくするような、やっぱりニヤニヤとした顔でこちらを見つめる猫。
「別に好きでも何でもないし、むしろ大っ嫌い!だけど、女性が多い場所で働いてたからね。そういう言葉は結構耳にしたの」
「なーんだ、残念」
女三人寄れば姦しいというけれど、まさに私のお屋敷はそうだった。
午後の休憩時間とか酷かったな。よくもまあ猥談であそこまで。
「それで?そのお城に行くには…、そうね、あの森を抜けるって感じなの?」
「ゴメイサツだよ、アリス」
「ならさっさと行きましょう」
歩みを早め、少し前を歩いていた彼女を追い越し先へ進む。
「ああ、でもアリス」
「なあにシェリー?」
「ここは、淫らで、狂った、不思議の国だよ?」
「はぁ、貴女みたいなのがたくさん居るならそうなんでしょうね。で、それがいったい…」
私が言葉を言い終わる前に、いきなり足元から数本のツタが生える。
それは私の足を絡めとり這い上がると、体を、手を拘束した。
「はい?」
唐突に変わる状況に頭がついていかない。
私の口元に、ぬらぬらした触手のようなツタの先端が向けられる。
それはなぜか脈打ち、とても卑猥な形をしていた。
この後ナニをされるのか、わかってしまう。
「えっ、ちょっ、ま、待っ!」
私の喉奥にツタが差し込まれようとしたその時、それを掴むふわふわした猫の手が見えた。
残りのツタが恐れおののくように私を開放し、地面に戻る。
「だからね、卑猥な罠が、そこかしこで獲物が来るのを待ち構えているのさ」
彼女がツタを遠くに投げつつ言葉を続ける。
「それにいったん身をゆだねてしまえば、あとは快楽によがり狂うだけだし、とーっても気持ちがいいんだけど」
「もしアリスが人として帰りたいと望むのであれば、私のそばを決して離れてはいけないよ?いいね?」
「そうね、そうする…」
げんなりとした私は、彼女の言葉に頷くことしかできない。
が、ふと、頭の中に疑問が沸いた。
「ねえ、その、シェリーは今みたいなこと好きなんでしょう?」
「うん?大好きだよ?人間さんでも、魔物でも、幸せそうなとろっとろの顔は見ていてこっちもハツジョーしちゃうよ」
「ならどうして私を助けたの?」
彼女の性格なら、そのまま放っておきそうなものだけど。
「にゃふ…、幸せそうな顔は大好きだけど、その前に怖がる顔をしちゃうなら、それは嫌いなんだよ」
…今もなんだかんだで私を助けてくれたし、意外と優しいのかな。この猫。
ん?ちょっと待って?
「私と会った時には意地悪したじゃない!ほんとに怖かったんだから!」
「私はいいんだよアリス。猫は気まぐれだからね」
「この二枚舌っ!」
「知らないのかいアリス?猫に舌は二枚もないんだよ?しっぽが二本あるのはいるけどねえ」
にゃふにゃふ笑い小ばかにしてくる猫がとても憎たらしい。
その口、いまに喋れなくしてやる。
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