「えっ?」
気が付くと、私は知らない道に居た。
道の両端には木々が生い茂り、まったく先が見えない。
眼前の道も果てしなく続き先が見えず、後ろを振り返っても同じ光景が広がるだけだった。
あれ?私、どうしてここに?
さっきまでお屋敷で、ほかのメイドと一緒に働いてたはずじゃ…
自分の置かれた状況が一切理解できない。
ここはどこなのか、どうしてここに居るのか、どうやったらお屋敷に戻れるのか、周りの状況から何一つ推測できなかった。
「おやぁ、どうして人間がこんなところにいるんだい?もしかして、迷い込んでしまったのかな?」
ふいに、背後から女性の声が聞こえる。
ああ、良かった、人がいた!
「あ、あの!私、いきなりなぜかここにい、て…」
理解できない状況に置かれた不安から安堵し、背後を振り向きながら、居るはずの女性に声をかける。
そこに居たのは、紫色の煽情的な衣服を身にまとい、同じような紫色の髪と黒髪を染め分けた不思議な髪形の、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべる美しい女性。
背格好だけ見たのであれば、気の触れた痴女か売女なのだろうと思えた。
だが彼女には、人間が持ちうるはずのない、決定的に異なる特徴があった。
紫の体毛に包まれた、まるで猫を思わせるような爪のついた手。
これまた猫を思わせるような、紫色の大きな耳。
そして、後ろに揺らめく長いしっぽ。
私は、これがどういったモノなのかは知らない。
だが、それでも一つだけ理解できたことがある。
「あ、ま…、ま、もの…」
私の後ろに居たのは女性であって人でない、猫のような魔物だった。
「あ、あ…」
恐怖でろくに声を出すことができない。
心臓がうるさいくらいに脈を打ち始める。
まるで小鹿のように震える私の足では、その場にへたり込むことしかできなかった。
「にゃふふ、どうしたの人間さん?そんなに震えちゃって、まるで初めてを前にする生娘みたいじゃない」
「お、お願いします。どうか、どうか命だけは…」
卑猥な例えを用い話しかけ、近づいてくる魔物。
逃げることができない私は、情けなく命乞いをすることしかできない。
「いや、来ないで、殺さないで…、私、私はお屋敷に帰らないといけないの…」
「お屋敷?…お屋敷、ねえ?」
ニヤニヤとした笑みが消え、なぜかひどく不愉快な表情を浮かべる魔物。
ああ、なんだかよくわからないけど、選択肢を間違えてしまったみたい。
「お屋敷とやらになんか帰してあげないよ?人間さんはここで、私にぱっくり食べられちゃうんだからねえ」
「ひっ」
恐怖する私に気をよくしたのか、再度ニヤニヤとした笑いを深め、魔物がますます私に近づいてくる。
ああ、私、これからこの魔物に食べられるんだ。
こんなわけのわからない状況で、一人さみしく殺されるんだ。
きっとあの鋭い爪で切り裂かれてしまうんだ。
固く目をつむり身を縮め、目の前の現実を拒絶する。
…想定していたはずの痛みは、いつまでも襲ってこなかった。
代わりに訪れたのは、頬を包むぷにぷにとしたやわらかい感触と甘い匂い。
恐る恐る目を開けると、私の頬を両手で包んだ、相変わらずいやらしい笑いを浮かべる魔物がいた。
「にゃふふふ、ごめんね人間さん。人間さんがあまりにもかわいく怖がるものだから、ちょっと意地悪しちゃった」
「え?い、意地悪?」
「そうそう、ただの意地悪、…ゴメンネ。大体私は、人を食べたりなんかしないんだよ」
「そ、そうなの?じゃあ貴女は、私を殺したりしない?」
「しないよ?そんな楽しくないことするわけないし、するんだったらもうとっくにしてる」
その言い方に、殺そうと思えば殺せるのかという一抹の不安はあったが、確かにこの魔物の言うことにも一理あった。
でもまだ完全に信用はできない。安心させたうえで食らう計画なのかもしれない。
だが次の言葉に、私は別の危機感を覚えることになる。
「まあお望みなら、違う意味で、じーっくり、ねーっとりと、食べてあげるけどねえ」
そう言いながら舌なめずりをする魔物。
いやらしい笑みもあって、違う意味、がなんとなく分かる。
…え?あれ?食べるってそういう意味?それはそれで大問題なんだけど?!
「あ、わ、私みたいな貧相な女、楽しくなんてないと思うけどな!」
「えーそうかなー。とーってもおいしそうな匂いがするけどねぇ」
そう言いながら頬から肩に添える手を移し、私の首筋のにおいを嗅ぎ、舌で嘗めてくる魔物。
猫のようなざらざらとした舌とねっとりとした舌使いに、魔物の甘い体臭に、思わず背筋がぞくぞくする。
「やっぱり、にゃふふふ!いいね、人間さん、絶対においしいと思う」
「私、 人間さん気に入っちゃったなあ」
なにがなんだかわからないが、な
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