chapter9 〜アリシアとシェリー〜

ある子供を嘲笑する村の大人達。
親の姿を見て育った彼らの子供たちもまた、その子供を笑っていた。

その村には同性の双子を忌み嫌い、その片割れを別姓として育てるという奇妙な風習があった。
生まれた片割れを殺さなかったのは、ただ自分たちが人殺しとなるのを恐れた結果だった。

忌み子は、物心ついた時から女の子として育てられた。
自分の片割れと同じ体を持ちながら、なぜ自分だけ扱いが違うのだろうと口にすれば、父親に頬を殴られた。
守ってくれる母親は、忌み子を産んだ時に死んだ。その責は忌み子のみに押し付けられ、それは父親が激怒するのを助長した。

忌み子の育った環境は劣悪で、食事すらまともに与えられなかった。
片割れは立派に成長していく中、忌み子だけ貧相なままだった。
不満は口にしなかった。口にすれば、殴られるから。

顔立ちが良かったのも、忌み子にとっては不幸だった。
女の子として育てられたせいかはわからないが、見目だけなら忌み子は可愛らしい女の子だった。
そんな忌み子が、村の女の子たちは気に食わなかった。

ある日、忌み子は村のはずれの納屋に呼び出される。
忌み子にとっては悪い予感しかしなかったが、拒否すればさらにひどいことになる。
選択肢などなかった。

忌み子は謂われなく叩き伏せられ、腹を、顔を、全身を蹴り上げられた。
とある女の子が、ハサミを手に取りこういった。

『そんな綺麗な色の髪、むかつく。気持ち悪い忌み子のくせに』

『男くせになんで髪を長くしてるの?本当に気持ち悪い』

理由などその子にもわかっていたはずなのに、ただ自分が気に食わないという理由だけで、忌み子の髪はバッサリと切られた。
一通りの暴行がすみ気が済んだのか、忌み子はその場に捨て置かれた。

痛む体を押してなんとか家にたどり着いた忌み子を待っていたのは、父親の怒号だった。
体中にできた痣は明らかに誰かから与えられたものなのに、心配する言葉など一言もなかった。

『てめえ勝手に髪切りやがったな!くそが!!どうして俺の言うことが聞けねえんだ!』

『てめえのせいでアイツは死んだ!村での俺の扱いもひどくなった!!お前ほんとなんなんだよ!!』

罵声と共に忌み子の頬が殴られた。
その後ろには、忌み子の顔立ちに似ながらも立派に育つ男の子が、冷ややかな目を向けている。

『…そんなに俺の言うことが聞けねえならいっそもう、殺しちまうか?』

その言葉と共に、いつの間にか手にしていた包丁が、忌み子の喉元に突きつけられた。
ゆっくりと刃が喉元に沈み込み、やがて血がじんわりと玉のように皮膚に現れる。

『ごめんなさい!ごめんなさい!僕、ちゃんと、ちゃんと、女の子になるから!』

『ちゃんと、アリシアになるから!お父さんお願い!』



『私を、殺さないで!!』



アリシアが、この世に生まれた瞬間だった。










悪夢から目覚めると、体が柔らかな布団に包まれていた。
頭がひどく重かったが、何とか体を起こし、辺りを見回す。

大きな木のうろの中に居るような不思議な形の部屋には、濃淡の違いはあれど紫色の家具が揃えらえていた。
自分がいるベット、テーブル、ソファー、絨毯、クローゼットにカップボードなどなど一通りあって、その全てが可愛らしい形をしている。

「おはようアリス。といっても、もう夜だけどね」

いつの間にか、私の足元にシェリーが座っていた。
ベットに腰掛け、とても気まずそうに床を見つめている。
夜といわれ、ベットの近くの窓に目を向ける。
確かに青い月が輝いていたが、部屋はどういうわけかとても明るかった。

「シェリー、ここは?」

「…もう忘れちゃったのかい?一緒に暮らそうって、言ったばかりなのに」

「じゃあここは、シェリーの家なの…、なんだ、ね?」

「無理しなくていいよアリス。私は自然な君とお話したいんだ」

変に語尾を変えようとし不自然に詰まる言葉に、シェリーは、無理はしなくていいという。
じゃあ、やっぱりシェリーは。

「シェリー、知ってたの?私が、私の体が、男だって」

その問いかけにシェリーは無言で頷くと、静かに話し始めた。

「知ってたよ、アリスが本当は男の子だってことも」

「あのお屋敷で起きたことも、全部、知ってたよ」

「だから私は、君をここに呼んだんだ」

記憶が戻った今ならわかる。
元の世界に、お屋敷に帰してはいけないと彼女が言っていた理由が。

でも、どうして彼女はあのお屋敷でのことを知っているのだろう。
あの男に襲われた日以降の記憶は朧気だけど、魔物に出会った記憶なんてなかったのに。

「どうしてお屋敷のことを知ってるの?…ごめんなさい、私、その、あの日以降のこと、はっきりと覚えてないから」

「どこかで私、シェリーに会ったことある
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