アリスが、目の前から消えていく。
私はそれを止めたいのに、どうすることもできなかった。
姿が消える直前に、アリスは私を見て悲しげに言った。
「嘘つき…っ、
#22099;つき!私、本当に貴女のこと…っ」
その言葉を最後に、アリスの体がほんのりとした光に包まれて、はじけて消えていった。
アリスが最後に何を言おうとしたのかは聞けなかったけど、でも、私がアリスをとっても傷つけたことだけはわかった。
アリスの姿は消えてたしまったけど、アリスに付けた私の匂いはまだかすかに感じられる。
それは、この国と外の世界の境界線、そのちょうど手前で止まっていた。
アリス、お願いだよ。どうか行かないで。
どうか、そこで踏みとどまって。
だって、あそこは君を傷つけた。
君にとってもひどいことをしたんだ。
そんなところに、帰っちゃいけないんだ。
君はお屋敷なんかに、帰っちゃいけないんだ。
「トカゲ!お願い!お願いだよ!!放して!私をアリスのところに行かせて!」
「できぬ相談だ。淫猥を恐れ否定する人間を、無理に連れ戻す気はない」
トカゲは私を見下して、ただ冷静にそう言った。
どうにか跳ぼうと念じるも、トカゲの魔力のせいで、それも叶わなかった。
「ならアリスをここに連れ戻してよ!お願いだよ…、トカゲ…」
「それもできん。癪な話だが、私は貴様と違い、この国を跳び回るのは本来専門外だ。連れ戻すにしても魔力が足りん」
「だいたい、貴様があの人間をちゃんと淫らに染め上げれば、このような結果にならなかったのだ」
「そん、な…」
アリスの下に、行くこともできない。
アリスをここに、連れ戻すこともできない。
でも、ここで諦めることなんて、なおさらできなかった。
脚にありったけの魔力を注ぎ込み、何とかトカゲから逃げようともがく。
「貴様!!まだ抵抗するか!」
ミシミシと腕から嫌な音が鳴る。肩が悲鳴をあげ、激しい痛みが広がった。
でも、そんなの知ったことじゃない。
ただアリスに会いたい。会いに行かなくちゃいけない。
アリスに、伝えなきゃいけないこと、教えてあげたいことが、まだたくさんある。
「腕がちぎれるぞ馬鹿者がっ…!!くそっ!!」
トカゲが体重をかけのしかかる。
翼の魔力も使っているのか、激しい圧が私を襲った。
その圧力に私の体は耐えきれず、ついに地面に押し付けられてしまう。
胸がつぶれ、息が苦しくなった。
どうにかして逃れようと力を込めても、体が地面から離れることはなかった。
私、アリスのところに行けないの?
私、アリスを傷つけたままお別れするの?
アリスを傷つけたところに、またアリスを帰してしまうの?
否定したい言葉はたくさん浮かぶのに、その力が私にはない。
心が絶望に覆われ、蝕まれていく。
私、どうすればいいの?どうすれば君を助けられるの?
アリス、アリス…、会いたいよ…、アリス。
「猫、貴様…?」
戸惑うトカゲの声がする。
ほんの少しだけ、体にかけられた重さがなくなった。
「私の質問に答えろ、猫」
頭上から、トカゲの問いかける声がする。
「先ほど貴様は何か言おうとしていたな。あの人間を元の世界に帰してはならないと」
「なぜ理由を言わなかった?…いや、むしろこう問うのが正しいか」
「言えぬ理由は、あの人間のためか?」
何を言われてるのかわからない。アリスのためかって?
そんなの、そんなの決まってる。
「…もちろん、だよ!!嘘なら、チョーキョー、でも、何でも、っ、してもいいよ!!」
「私のこと、あとでおもちゃにしてもかまわないから!!だか、ら…」
「…そうか」
かけられた重みがなくなり、拘束がとかれた。
体が乱暴に引き上げられ、無理やり立たされる。
なにがなんだかわからない。
「トカゲ…?」
「なに呆けている?さっさと行け。そして、あの人間に必ず淫猥の何たるかを教えるのだ」
「にゃふ…、よくわからないけど、ありがとうトカゲ!!ありがとう!!」
匂いはまだこの国にある。
あまりにも遠いから一回跳んだだけじゃ無理だけど…、でも、
今なら、まだ間に合う!!
アリス、待っててアリス!!
どうかそこで止まって!
アリス!
アリス!!
猫が跳び、辺りに静寂が訪れた。
猫を押し付けたタイルに視線を移すと、夕暮れ時の熱で周りのタイルは乾いているのに、そこだけまだ少し濡れていた。
深い事情は知らないが、あの猫には何か守りたいものがあった。
それが自分のためだったなら、迷わず私は地下牢にぶち込んだだろう。
「…全く、チェシャ猫というのはどいつもこいつも、無礼なのが売りなのか?」
「私はトカゲではなくジャバウォックだと言っただろう。馬鹿者が」
あたりの番
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