額から何かねっとりとしたものが伝う。
シェリーは、雨が降ると、それは媚薬だと言っていた。
触れた部分がじんわりと熱くなる。
本来喜びを覚えるはずの快感は、私にとって嫌悪の対象でしかなかった。
徐々に火照っていく体と反対に、私の心は冷めきっていく。
そんな気分など微塵も起こらない。
その不均衡が、とても、とても気持ち悪かった。
…とりあえず、雨宿りしないと。
急いでベンチ裏の木にその身を寄せる。
それと同時に、桃色の小雨が降り始めた。
シェリーの言った通り雨の勢いは弱く、生い茂る木の葉で私には届かない。
私の横に、まだ兵士さんが居た。
「どうして貴女もついてくるの?」
「だって、そんな泣いてる方、ほっとけませんよ」
…泣いてる?
私、泣いてるの?
指摘され、目じりをさする。
ねっとりとした雫とは違う、なにかサラサラしたものが零れた。
シェリーは、自分の役目を果たそうとしただけ。
不思議の国の住人として、ただ私を案内しただけ。
頭の中ではわかってるはずなのに、涙が止まってくれない。
#22099;をつかれたことに不思議と怒りは湧かなかった。
ただ、ひたすらに悲しかった。
「えっと、メイドさん、あの…」
何か私に話しかけようとする彼女の声を遮るように、辺りから喜びに満ちた甘い声が聞こえてきた。
その声の中には、先ほどの双子のマーチヘアのような声も混じっている。
私はなぜか、それが気にかかる。
止せばいいのに、無意識に目線が移動してしまう。
そこには、マーチヘアさん達に今にも覆い被さろうとする男の姿があった。
この国にきて初めてツタの罠に襲われたときは、唐突すぎて、何がなんだかわからなかった。
マリエッタさんに紅茶を口移しをされそうになったときは、シェリーが守ってくれた。
キノコの森で起きたことは、途中から、正直覚えていなかった。
そして草原での交わりは、相手は犬で、しかも、ただ耳にしただけだった。
でも、今の私は、それを直視している。
肉欲のままに相手を襲う、その醜い行いを直視している。
気持ち悪い。
おぞましい。
不愉快で、薄気味悪く、吐き気さえする。
だって、だってそうでしょう?
ただ愛情を伝えたいだけなら、そんなこと、する必要なんてない。
頭が割れそうに痛みだす。
鼓動が激しくなるが、決してそれは興奮からくるものではなかった。
たまらず頭を抱え、屈みこむ。
なにか私を心配する声が聞こえる。
体が揺すられるが、それは吐き気を助長させるだけだった。
その肩を掴む手が消えようとも、そんなのどうでもよかった。
もう嫌だ、もうこんな国、一時たりとも居たくない。
どうしてこの国に来てしまったの?
なんで私、この国に居るの?
メイドの仕事の中で道に迷うことなどあるはずもない。
だったらきっと、私はここに連れてこられたのだ。
この国に居る魔物に、いつの間にか引きずり込まれたのだ。
だが、だとしても、その記憶すらないのはおかしい。
私は、どうやってこの国に連れてこられたのかすら覚えていない。
私があの時お屋敷で、何をしていたのかが全くわからない。
お屋敷で働いていた日常の所々が、不自然に抜け落ちている。
痛む頭で必死に思い出そうとしても、何の意味もなかった。
痛みと吐き気に混濁する意識の中、何もかもが信じられなくなっていく。
自分自身も、この国で交わされる愛情も。
そして私の、猫のことさえも。
猫、そうだ。
仮に私がこの国に引きずり込まれたとするなら。
私が、この国に来て初めて出会ったのは。
「アリス?アリス?!大丈夫?」
頭上から、私を心配する声がした。
その聞きなれた声に、私は目を向ける。
木の枝に座り、心配そうに私を見つめる猫。
安心できたはずのその姿が、今は、出会ったとき以上に恐ろしい。
「アリ、ス?」
心配そうに見つめるその裏に、貴女は何を隠しているの?
雨は、とっくに上がっていた。
思った時には、もう体が動いていた。
どこに行けばいいのかなどわからない。
ただ、今はシェリーから離れたかった。
そんな抵抗も虚しく、公園の中央で、私の腕はあっさりと掴まれる。
遠巻きに魔物の夫婦達が、何が起こっているのだろうとこちらを見ているのが見えた。
「アリス?!ねえアリス?!どうしたの?なんで逃げるの?!」
「離して!お願い、離して…っ」
「どうしてなのアリス?!私、何か悪いことしたの?!」
私は振り返り、猫の顔を見つめる。
どうか嘘であって欲しいと願いながら、静かに問い詰めた。
「ねえシェリー?私が帰るためには、女王様に会う必要があるのよね?」
「私、女王様に会わなければ、外の世界に帰れないのよね?」
「お願いシェリー、本
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