第五十話前章〜突撃準備〜


〜交易都市モイライ 喫茶店『ラ・ティエーレ』〜

「ふ〜ん……で、あの子に目一杯甘えてきたと」
「あまりその事について啄いて欲しく無いんじゃがのぉ……」

モイライの商業区にある一件の喫茶店。
そこでミリアとエルファはモーニングティーを共にしていた。
ミリアとエルファの母親には交友関係があり、エルファの母親が修行と称して旦那と長い旅行へ出た後はミリアが何かと世話をしていたのだ。
エルファが齢18で魔術師ギルドのギルドマスターをやっていられるのもこの辺が起因している。

「それで、何を弄っているの?」
「む、これかの?以前兄様がマトラをわしの所に持ってきた事があったじゃろ?」

それについてはミリアも承知している。サンライズハーバーの一件、アルテアの報告にあった機密文書保管カプセル、通称『マトラ』。錆び付いている上、誰に宛てた物かもわからないので、エルファに解析を依頼してあったのだ。

「なかなか強力な封印がかけられておってのぉ……封印の強度は3……つまり受け取り先の人物が触れない限りは絶対に開かないクラスのモノじゃな。無理矢理開けてもよいが……そうなると中身が燃え尽きるリスクがあっての。正直開けるに開けられないんじゃ。」
「ふ〜ん……貴方でも梃子摺る封印があったなんてねぇ……」
「……わしは期待されるほど大物という訳でもないのじゃ……自分には荷が重いという案件だって無数に存在するわ……」

エルファの顔に影が差す。それを見てミリアは口の中が渋くなるような思いをした。

「ま、誰にだって得手不得手というものはあるわ。苦手だったなら時間をかければ……」

そう言ってミリアがテーブルの上に置いてある錆びついたマトラを突っつき回すと一瞬まばゆい光が迸り、それが半分に分かれて中から黄色味掛かった羊皮紙が顔を覗かせた。

「あ、あら?」
「……のう、ミリアよ。」

エルファの背後に黒炎が立ち上る幻覚が見える。これは、確実に怒っている。
冷や汗をダラダラと垂らしながら頬を掻くミリア。

「あ、あははは……いや〜……私宛だったのね、これ。」
「わしの仕事……兄様から頼まれた仕事を……」

怒りが爆発する前に出てきた羊皮紙に目を通すミリア。というより、目を合わせるのが怖すぎて別の何かに逃げただけなのだが。


しかし、逃げた先でもまた逃げたくなるような別の恐怖が待っていた訳だが。


「…………なんてこと…………!」
「む、どうしたんじゃ?」

驚愕に固まったミリアの表情を見て怒りが引っ込むエルファ。
その羊皮紙を覗き込もうとして、さっさと丸められて隠された。

「なんじゃ、つれないのぉ。わしだって頑張ったのじゃから少しぐらいは見せてくれてもいいじゃろうに。」
「……無理ね。コレを知ったら……本当にマズい事になる。この事を知るのは本当にごく一部の限られた人にしたほうがいいわ。下手をしたら冒険者ギルドの本部にすら報告できないかも……。」

彼女は紅茶セットの代金をテーブルに置くと、いそいそと席を離れようとする。

「どこへ行くんじゃ?」
「この件に一番深く関わっている子のところよ。」

そう言うと空中へと飛び上がり、そのまま姿が見えなくなった。
恐らくは不可視系の術でも使ったのだろう。

「全く……何なのじゃ一体……」

その場に残されたエルファは、一人で紅茶を啜るのであった。



〜冒険者ギルド モイライ支部 ロビー〜

事務仕事は既に片付いているので、今日の彼女は一日フリーだ。
いつものように冒険者ギルドへと足を運ぶと、中から彼女の想い人の声が聞こえてきた。

「見つかったのか!?」
「うん、握り拳ぐらいの大きな宝石でしょ?教会の宝物庫に保管されていたって。」
「誰も触れていないよな?」
「それは言われた通り。誰も触れないようにって言い聞かせてあったから。一部の子達は持って帰りたがったみたいだけどね……」

ひと通り話を聞くと、彼が飛び出してきた。
よほど慌てていたらしく、エルファを蹴っ転がしそうになる。

「ぬわ!?兄様、危ないのじゃ!」
『マスター、落ち着いて下さい。先ずは対策を練ってから……』
「っさい!アレを放置なんかできねぇだろ!さっさと回収しないと大変な事に……!」

慌ててアルテアの袖にぶら下がって制止をかけるエルファ。
引き止める、ではないあたり微笑ましさがあるが、いかんせん彼女は必死だ。

「兄様、待つのじゃ!どこへ行くつもりなのじゃ!?」
「例のアレが見つかった!奪還しに行ってくる!」
「だから待つのじゃ兄様!旅の館の代金はどうするつもりなのじゃ!?」

恐らく彼の事だ。緊急事態ともなるとクエストなんて発注される暇も無く突っ走るだろう。
それに気づいて彼が財布の中身を確認する。

「……ぜん……っぜん足りねぇ……」

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