第三十一話〜きつねのおやど〜

「なんじゃこりゃあ……。」

それは、純和風の旅館だった。
煌々と明かりが付きながらもその佇まいには侘び寂びを感じられる。

『空間の歪は広範囲に及ぶ模様。実際にはありえない位置に建築物が構成されています。』

そう、確かにこの宿の壁があったところには、「別の店が」あったのだ。
実際にこういう構造をしているとしたら、店の中が狭いを通り越して、存在しない事になる。

「入ってみるか……。人食いハウスとかじゃなければ大丈夫なはずだ。多分。」
「おばけやしき?」

確かにある意味では化け物屋敷かもしれないな。
俺は用心しながら宿の扉を開いた。



〜宿屋『迷い家』〜

見た目通り、中は和風旅館の様相をしていた。なんだかえらく高そうだ。
天井には光を放つ石が取り付けられ、エントランス全体を照らし出している。

「あらぁ、いらっしゃい。よくここを見つけてくれはりましたな?」

暫く待つと、はんなりとした口調の女将さんが出迎えてくれた。黒髪和服美人といったところだろうか。

「ここは……宿屋で合っているのか?部屋は取れるのか?」
「そやぁ。よぅこそ、迷い家へ。部屋ならがらがらにあいとぉよ?ここには殆ど客がきぃひんもんねぇ。」

そんなので経営大丈夫なのか。

『魔力検知。図鑑データ検索…完了。獣人型ウルフ種稲荷。ジパングに生息する獣人型の魔物で、性格は温厚。基本的に森林などに生息しますが、稀に人里でも紛れ込んで生息している事があります。』

ラプラスが魔力を検知し、即座にデータ検索を掛けた。

「あらぁ、もうばれてはるん?あんさんのそれ鋭すぎやわぁ。」

そう言うと、髪が金色へ変化し、ヒョコリと尖った耳が出てきた。和服の後ろからは5本のフサフサした尻尾が覗いている。

「今更何があっても驚かないがな。ここはジパングじゃないぞ?なぜここに?」

俺がそう問いかけると、クスクスと笑って答えてくれた。

「大陸の人もジパングにきはるやろ?それと同じですわぁ。わぁも大陸の人に興味があってん。いろんな人が来はるここに宿をかまえとるんよ。」

本当なら、道に迷った人ぐらいしか入ってこれないんやけど、と苦笑いする。

「迷惑だったか?なら別の場所を当たるが……。」
「久々の客や。うれしゅうてしゃあないよ?わぁは知世(ともよ)言うんよ。あんさんとそっちのお嬢はんはなんていうん?」

そう言えば自分の事を何も言っていなかった。俺の悪い癖だな。

「アルテアだ。アルテア=ブレイナー。こっちの小さいのはメイ。……メイ?」

メイはぽかんとして旅館の中を見渡している。

「ジパングの建物が珍しいらしいな。暫くはこのままだろうから気にしないで欲しい。」
「あんさんはジパングの建物は初めてやないの?えろぅ落ち着いておますな?」

まぁ確かに。ここまで純和風の建物というのはなかなか見たことがない、が。

「なんでだか知らないけど特に驚いていないんだよな。どこかで見慣れていたのかもしれないな。」
『マスターのプライベートスペースは純和風でしたから。それほど気にならないのかもしれません。』

今はAIと繋がっていないが故に行けない俺の部屋……か。

「あんさんジパングの人やったん?ぷらいべーとすぺーすってことは自分の部屋やねぇ?」
「うん、まぁ似たようなもんか。それより宿泊料っていくらなんだ?そこまで余裕がある訳じゃないんだが……。」
「本当なら一人当たり一泊銀貨40枚なんやけど、あんさんがわぁの仕事を少してつどぉてくれたら一人分だけでええよ?」
仕事……ね。

「仕事次第……だな。何日もかかるって言うなら他を当たるつもりだ。」
「心配せんでも今晩中におわりますぇ。お部屋はこちらや。そちらのお嬢さん連れてついてきてなぁ。」

そう言うと静々と旅館の奥へ向かって歩き出した。
俺はまだ硬直状態のメイの靴を脱がして担ぎ上げ、俺の靴と一緒に靴箱へ入れると後を追った。



〜『葛の葉の間』〜

「この部屋で一泊銀貨40枚って……どう見ても価格破壊だろ。」

老舗の和風高級旅館の一室のような佇まい。
畳に床の間、掛け軸に障子にちゃぶ台と純和風の装いだ。天井にはロビーと同じように光る石が取り付けられている。現世界だと一泊何万円するだろうか。

「宿の働き手はみんなわぁの式神やさかい。さほど金はかかっとらんのよ?」

彼女の脇からトコトコと白い小人がお盆を持って部屋へ入ってきて、ちゃぶ台の上にお茶と煎餅を置き、またトコトコと出て行った。

「すげぇ……。」
『あの程度の動きであれば現世界でのロボットでも再現可能ですが。』
「コストが違うだろ、コストが。」

彼女はクスクス笑うと、一歩下がって部屋の外へ。

「ほんなら、仕事の準備が終わりましたらお呼びしますさかい。くつろいでくれなはれ
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