第三十話〜ぶらり漫遊ふたり旅〜

〜???〜

俺がベースの食堂で訓練後の朝食を摂っていると、おやっさんがニヤニヤと後ろ手で何かを隠しながらこちらへ近づいてきた。

「よう、ボウズ。相変わらずマズい飯食ってるか?」
「聞くだけ野暮ってもんだろ、おやっさん。この世の中にソイレント・グリーン(合成野戦食)よりマズい飯なんてそうそうないぜ?」

そうかそうかと頷きながら、おやっさんが俺の隣にドッカと腰を下ろした。
そして後ろでに持っていた何かを食堂のテーブルに置く。
それは……

「缶詰?……なんて読むんです?」

日本語で書かれているそれには鯖の味噌煮と書いてあった。
缶詰にされているからには食べ物なのだろうが……

「サバの味噌煮(みそに)だ。この間闇市をブラついていた時に偶然見つけてな。少々値は張ったが……缶詰とはいえモノホンの和食が食えるんだ。今から楽しみすぎて腹がなって仕方ねぇぜ。」

そう言いながらおやっさんが缶詰を開けて箸で中身をつまみ出す。
薄茶色のドロドロに塗れた青魚……らしきもの?(今現在は本物の魚などそうそう獲れる物ではないのでおそらく合成品)だった。
それを期待に震える手で口の中へ運ぶ。


運んだとたん、おやっさんが固まった。


「……どうしたんです?」
「いいから食ってみろ。」

差し出された缶詰の中身にフォークを突き立てて一欠片を口に運ぶ。

「う”………………」

うす甘いような、微妙なしょっぱさのようなドロドロが口の中に広がり、その妙な甘さが口の中にこびりつく。
合成品であろう魚はゴムみたいな食感で、噛んでも噛んでも噛み切れず、しかも噛むたびに石油のような匂いがした。
要するに……

「なんなんスかこのクソマズイ石油製品の塊は……」
「こんな筈じゃねぇんだ……本物の鯖味噌ってのはもっとこう……」

そう夢見るような表情で天井を見上げたおやっさんは、ふと何かに気づいたらしくポンと手を鳴らした。

「よし、アルテア、着いて来い!没入するぞ!」
「没入て……どこへ行くつもりですか?」

何も言わずに食堂を飛び出していくおやっさんについて行くと、そこはコンソールルーム(有線で没入する際に使用する操作盤付きの椅子が置いてある部屋)だった。

「没入したらここへ飛べ。天国を見せてやるよ。」

おやっさんがどこかのアドレスを送りつけてきた。ここは……

「アノニマスシティ(無名都市)……?」

俺が何か言う前におやっさんはコンソールに座って没入してしまった。
仕方無しに俺も没入する事にする。

<DIVE>



おやっさんに連れられて来たのは仮想空間の中にある家庭料理屋だった。
仮想空間と言ってもここは無名都市、リミッターなんて付いていないから感覚はリアルのそれと変わらない。
つまりここでは現実の味を寸分の狂いもなく再現できるということだ。
ある意味ではこれほど料理屋に適した環境もないだろう。

俺はそこで衝撃の出会いをする事になる。


―鯖の味噌煮―


そう、あの缶詰のまがい物など歯牙にも掛けない。
芳醇な甘み、そして味噌の風味、油の乗った鯖。
なぜ自分が日本人に生まれなかったのだろうと思えるぐらいにその魚料理は俺を圧倒した。
おやっさんに指摘されるまで涙を流していたことにも気付かなかったくらいだ。
俺は生涯、この味を忘れることは無いだろう。



その後、副業(運送業)をサボった事に対しておやっさんと一緒に姉さんに説教を食らっていたのは言うまでもない。



〜冒険者ギルド ロビー〜

「う〜む……。」

俺は今非常に悩んでいる。
なんと財布の中から出てきた物は風邪の時舐めていた飴玉の包み紙1枚きりだったからだ。

「風邪が長引いたからすっかり金欠だな……。」
『出費の原因は風邪だけではないでしょう。』

その通り。ティスの服やらアニスちゃんのパフェやらで結構な出費をした挙句、風邪で4日ほど寝こんでしまったのだ。
補助金込みでも治療費や動けない間の食費やらでサイフはすっからかんになっていた。

「肩慣らしに簡単なクエストをいくつか受けて生活費を稼ぐかな。」
「ところが、そうも行かないのよね。」

さぁ行くぞと立ち上がった所で、ミリアさんが話しかけてくる。

「アレ絡みの情報が来ているわ。被害はまだ殆ど出ていないけれど放置すれば必ず死者は出るでしょうね……。それに、今回は被害だけじゃないわ。」
「どういう事です?」

いつもののほほんと人を喰ったような口調ではなく、真剣な表情で告げる。

「出た怪物が大きすぎるのよ。その体を隠せないほどにね。もし、教会なんかに見つかって……無理でしょうけど捕まったりしたら大変なことになる。」

例のプロパガンダに利用されるのと、エクセルシアの悪用か。

『E-クリーチャーの体長は元になる生物が元々巨大だ
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