〜キサラギ医院〜
「で、ずぶ濡れで触手の森を駆けまわった挙句に、温泉で濡れたままレッサーサキュバスに精気補給をして?ジャケットを彼女に貸して街まで歩いて行った挙句、アニスちゃんにパフェを奢って宿舎に戻るまで着替えもしなかったのかい?」
カルテをコツコツと叩きながら、ヒロトにジト目で見られる。
こいつは普段いじられキャラを爆進する被虐系なのだが、一旦医者モードに入るとその属性が霧散する。
「そりゃ風邪を引いても不思議はないよ。暫くは薬でも飲んで養生していなよ?冒険者として動けない間は補助金が出るから大丈夫なんだろう?」
そう、風邪である。
昨日濡れたまま森の中を駆けまわり、その後着替えもしないでほっつき歩いていた俺は物の見事に風邪を引いていたのだ。
「そうだな……暫くはそうさせてもらうよ。」
俺はヒロトから風邪薬―と言っても抗生物質ではなく、体温を上げたり下げたりするものだが―と、鎮痛剤を貰うと、医院を出た。
〜冒険者ギルド宿舎 アルテアの自室〜
「頭いてぇ……ダルい……」
水差しの水をコップに注ぎ、水と一緒に薬を飲むとベッドの中に潜り込む。
頭がズキズキして体が怠い。熱っぽくて思考が回らない。
『緊急事態だとは言え、無茶をし過ぎましたね。いい機会なので、暫くまとまった休息を取ってください。』
「そうする……お休み。」
俺は瞼を閉じると、睡魔に抗うことをやめる。眠りはすぐにやってきた。
〜冒険者ギルド ロビー〜
ずぅーんという擬音が見える気がする。
今朝彼が病院へ行った時から娘のテンションはダダ下がりだ。
「わたしのせいだ……わがままいってつれまわしたから……」
彼女は昨日、旅の館から帰ってきても彼を離さず、甘味処でパフェを奢ってもらったらしい。
しかも彼は触手の森の中を単身で、しかも服を乾かさずに突っ切って帰還してきたという。
途中温泉で体を温めていたとは言っていたけれど、その後助けたレッサーサキュバスにジャケットを貸して、自分はシャツ一枚だったらしい。
結果、彼は風邪を引いてしまったと。
「(彼も難儀ねぇ……。性格も……女難の相も……。)」
娘に触手の森を勧めたのは自分なので、私自身罪悪感を覚えない訳ではない。
可能であれば何か労ってあげたいのだけど……。
と、その時。私に天啓が舞い降りた。これは、いける!
「アニー、ちょっとお買い物に行くわよ〜。」
出かける支度をして、娘に声を掛ける。娘の気分と、彼の看病を一気に解決する手段を手に入れに行く為に。
「いい……おかあさんだけいってきて……。」
「彼の為でもあるんだから、一緒に来なさい?いいわね。」
私は娘の手を取って立ち上がらせる。
「おにいちゃんの……?」
「そ、きっと気に入ると思うわ♪」
アレが嫌いな男なんてそうそういないでしょうし……ね。
〜ギルド宿舎 アルテアの自室〜
額に何か冷たいものが当てられている。ひんやりとしていて気持ちがいい。
「……ぅ」
しかし頭に走る痛みは収まっておらず、未だにズキズキと不快な痛みを放ち続ける。
「あ、おにいちゃんおこしちゃった?」
薄目を開けると、白っぽい服を着た誰かが覗き込んでいる。
「アニス……ちゃん……?」
流れるような金髪、捻れた角は確かにアニスちゃんの物だったが……。
「……何?その格好……。」
所謂ナース服という奴だろうか。
純白のそれに、悪魔の羽と尻尾という組み合わせが妙にミスマッチだった。
「えとね……おかあさんがこれをきてかんびょうしてあげなさいって……」
またかあの人は……人じゃないか。
いらぬ気遣いに頭を痛めつつ、俺は彼女に忠告する。
「ありがとうな。でも風邪がうつると大変だから、戻っていたほうがいい。」
確かに看病してくれるというのは痛み入るが、うつしてしまっては元も子もない。
「いいもん。おにいちゃんがはたらけないほうがたいへんでしょ?」
まぁ確かに身動きが取れないというのは致命的だが。
「おにいちゃんはねてて。わたしがみていてあげるから。」
テキパキと濡れタオルを交換し、窓を開けて換気をする彼女。
ああ見えて意外と高性能である。
「じゃあ……お言葉に甘えて……。」
俺は再び眼を閉じて眠りに就く。よほど疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。
「ふぁ……あむ……」
次に目を覚ましたのは夕方近くにさしかかってからだ。頭痛は割と軽くなっているが、まだ体が怠い気がする。
「ありゃ……」
アニスちゃんが同じ布団で寝ていた。すやすやと穏やかな寝息を立てている。
「まったく……うつるかも知れないってのに。変なところで頑固だな。この子は」
もう一度ベッドに身を沈めて彼女を抱きしめる。
少し甘い、いい匂いが鼻をくすぐ
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