第四話{そして少年は逃げることを止める}

結局、アレクさんは昨日の夜には帰って来なかった。
せっかく作った料理も冷めてしまったので、温め直して朝食がわりにする。
今日は雨が降っている。そう言えば僕が捨てられた時も雨が降っていたっけ……。

「はぁ……」

雨が降るとあの時のことを思い出す。
僕を押し倒して一方的に犯すあのお姉さん。
体が炎に包まれ、悶え苦しみながら骨へと焼き尽くされていく。
穴を掘って、埋めて、誰からも見向きもされなくなる。
彼女を消したのは、僕だ。

「ごめんなさい……」

何時までも気に病むのはいけないと判っている。
でも、安らかな眠りを祈らずにはいられない。
もしかしたら彼女はこの先幸せな家庭を築けたかもしれないのだ。
それを壊してしまった僕にできることは、ただ祈ることだけ。



雨が降り続いているので外に出ることができない。
家の中で本を読むのも好きだけど、木漏れ日の中で暖かい風に吹かれながら読むのも好きだ。
暗い部屋に閉じ込められていた時は日に当たることすらできなかったから。

「より高度な固定結界……住居に魔物を寄せ付けない方法……眷属忌避術……え〜と……」

雨音を聞きながら結界術の本へのめりこんでいく。
アレクさんはなかなか帰ってこない。
彼は冒険者だから一日二日帰ってこないというのは不思議ではないけれど、やはり心配になる。

「住居の外の柱四隅にルーンを刻んで……インクなどで染色する……泥を被っていると効力が薄くなるので定期的に清掃すること……」

父親がどういうものかは知らないけれど、多分彼みたいな人の事を言うのだろう。
初めてできた家族。何でも相談できる頼れる人。
もし、神様が許すのであればこの先も彼と一緒に生活したい。
もし彼が誰かと結婚するのであれば、その人が多分僕の母親になるのだろう。
優しくて暖かい人だといいな。
できるなら学校にも行きたいな。毎朝お母さんに見送られて学校まで行くんだ。

「インクの材料は……ムラサキスグリの実とヒカリダケをすりつぶして混ぜあわせた物……普通の市場にも魔道触媒として売っている……」

学校に行けばいろんな本が読める。
もっといろんな事も勉強できるかも知れない。
それに、好きな子もできるかもしれないな。
相手は……人間に限られるかも知れないけど。

「インクの実用耐久期間は一ヶ月程度……期間が切れるたびに染色しなおす必要がある……ルーンも擦り切れたら新しく彫り直すこと……」

帰ったら宿題をしてお母さんと一緒に夕飯を作るんだ。
そしてアレクさんとお母さんとで一緒に食べるんだ。
もしかしたら帰ってきていないかも知れないけど、いたらそうする。

「注意すべきはこの結界でも高位の魔物には効果がない事……また、ルーンを破壊されると効果が切れてしまうため、なるべく目立たない位置へ彫ることが望ましい……」

お風呂が一緒なのは少し恥ずかしいかな……
お風呂から出たら一緒に寝るんだ。
僕の知らないおはなしをしてもらうのもいいかもしれない。

「効果は絶対ではなく……手入れを怠ったり住居そのものを破壊されれば結界は意味をなさなくなるので……注意すべし……と」

雨は、まだ止まない。
今日も、アレクさんは帰って来なかった。



〜三日後〜

あれから、アレクさんは一度も帰ってきていない。
食料が切れたら棚にある箱からお金を取ってモイライの市場まで買いに行く。
結界があるから一応は魔物のお姉さん達には気づかれない。

「人参とじゃがいもと……玉ねぎとお肉。たしかスパイスと小麦粉は家にあったし……調味料も大丈夫。」

今日はカレーだ。いつも自炊をするので料理の腕だけは上がったと思う。
ふと視線を感じて振り返ると、サキュバスのお姉さんがこちらをじっと見ていた。
結界が効いていないのかもしれないと思い、路地裏へと身を隠す。
一応視界から消えれば結界の効果は戻る。
万全を期して路地裏の反対側から出る。あとは家に帰るだけ。
寄り道はしないで早く帰って夕飯の支度をしてしまおう。







今日こそ、アレクさんが帰ってくるかもしれないから。







雨が降っている。
結界のルーンが消えてないか心配だけど、外に出て全身がびしょ濡れになるのは嫌だった。
それで風邪を引いても面白くないしね。
鍋からはスパイスの効いたカレーの匂いが漂ってくる。
アレクさんを待ちたいけど、お腹が空いているのも事実。
温め直せば食べられるし、先に食べてしまおうかと考えていたその時、ドアがノックされた。
住居の結界は張ってあるから魔物のお姉さんはこの家の存在事態に気付けないはず。
だからこの訪問者の存在は人間……のはずだ。

「は〜い。」

ドアを開けると、そこにはフード付きのローブを被った人が立っていた。

「貴方がクロア君ね?おじゃまして
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