第三話[別離]

朝に出かけたアレクさんが帰ってきた。
手には袋を持っている。
背負っているのは『ヴァーダント』という大剣だそうだ。
以前触らせてもらおうとしたら、
「お前にはまだ早い」
と触らせてもらえなかった。かっこいい剣なだけに残念。

「おかえりなさい、アレクさん。」
「ただいまクロア。こいつは土産だ。遠慮無く読んでいいぞ。」

読んでいいということは本なのかな?
袋を開けると分厚い本が何冊か入っていた。

「結界術入門……?こっちは初級結界法……。みんな結界とかの指南書ですか?」
「あぁ。そういうのが使えたほうがいいだろう。中には魔物避けの結界もあるから使いこなせるようになっておけよ。」

ということは……この結界術を使いこなせるようになればこれ以上死なせなくて済む?
誰も……傷つけなくていいのかな……

「有難うございますアレクさん!僕……頑張ります!」
「おう。ま、今は頑張る前に昼飯だ。作るのを手伝ってくれ。」
「はい!」



昼食を食べている最中、アレクさんから忠告を受けた。

「お前の精液で魔物が死んでしまうって事は誰にも言うなよ?魔物も含めて全員にだ。」
「なんでです?わざわざ死ぬと解ってて手を出す人はいないでしょうから警告に使えると思うんですけど……」

しかしアレクさんは手を振ってそれを否定する。

「確かに抑止力にはなるかもしれない。が、その話が広まったらどうなる。危険人物だとみなされてお前が狙われるかもしれない。今現在の魔物はいたずらに人の生命を奪わないからといって、危険の芽を摘むためにお前を消してしまうかもしれないんだ。だから、言うな。」

そうか……今までは警告無視で襲われて死んじゃったから広がらなかったけど、もし踏みとどまって話が広まったら僕が殺されちゃうかもしれないんだ……。

「でも、それで僕が消えるのであれば……」
「その先を言うな!」

アレクさんの怒号が飛ぶ。
その表情には強い怒りと、悲しみが浮かんでいた。

「自分がいなくなればそれでいいとか言うな……。例えお前が世界から望まれなくても、俺がお前を必要としてやる。俺が、お前の居場所になってやる!」

身を乗り出して、アレクさんは僕の頭を撫でてくれた。

「アレクさん……僕、いなくならなくていいんですか?生きていても……いいんですか?」
「あぁ。生きろ。そして見せつけてやれ。お前が疎まれようとも堂々と生きているとな。」



昼食を食べ終わった後、僕は小屋の近くの木陰で貰った本を読むことにした。

「六角形に切り抜いた木の板にルーンを刻んで自分の血を流しこむ……か。」

木の板は薪の切れ端で大丈夫。血も針か何かで少し出すくらいなら問題ないかな。
六角形は結界の形。大きさは結界を張る範囲。血は自分を認識させるためらしい。
書きこむルーンは数式みたいなものなんだって。
ナイフで薪の切れ端を削って六角形にして、ナイフでルーンを彫り入れる。
裁縫箱の中の針で人差し指の先を少し刺して、出てきた血でルーンをなぞれば書けば完成だ。

「あとはこれを肌身離さず持っていれば大丈夫……と。」

でも本当に効くのかな?
小屋に本を片付けに行ったらさっそく試してみよう。



〜木洩れ日の森〜

アレクさん曰く、この付近の森は気性の荒い魔物はいないんだって。
マタンゴさん達もいなくなったからだんだんと生態系が戻ってきているとか……。
彼女たちには悪いけれど……これでよかったのかもしれない。

「あ……」

少し離れた所に女の人が立っている。
たまに移動もするけれど歩いているって感じじゃない。

「え〜と……おおなめくじ……だっけ?」

動きが遅い事で有名だったはず。万が一気づかれても逃げられるから大丈夫かな。
僕は静かに彼女の前へと移動する。

「(いくら結界を張っていたとしても声を出すと気づかれちゃうんだっけ……。)」

彼女が僕の方に近づいてくるけれど、その目線は僕を捉えている訳じゃないみたいだ。
静かに道の脇に身を寄せると、彼女は僕の横を素通りしていった。

「(効いた……かな?多分気づかれていない。)」

結界が上手くいったことで僕は油断していたんだ。
その場を立ち去ろうとしたとき……


<べちょ>「へ?」


足の裏に何かがくっついて転んでしまった。
さらにそこの地面一帯にはベタベタしたものが伸びていて、僕はそのベタベタに絡め取られてしまった。

「い……痛い……」
「はれ〜?」

今の声で結界が解けてしまったようだ。
なめくじのお姉さんに気づかれてしまった。

「あはは……こ、こんにちは……」

僕苦笑い。できれば見逃して欲しいな〜……

「かわいい男の子見つけました〜♪」

無理でした。

「あ、あの!僕美味しくないですよ!?食物的な意味でも性的な意味でも!
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