エビ男な兄と妹と

私の兄さんは本当に女運が無い。
魔物娘という種族が政府に存在を認められ、法が整備されて人権が確立されて爆発的に増え、成人男性の既婚率が99.9%となった今でも兄さんは彼女を作ることができていません。
人間の彼女ができれば一週間以内に振られ、魔物娘にいたっては告白すらも受けてもらえないという有様。
妹の贔屓目に見ても兄さんの人柄は良いと思う。顔も決して悪くありません。
細かい所に気が回って、運動神経も中の上程度。学業成績も大体中間あたりをキープしています。
女友達に聞くと、『彼氏にしたいランキング』でも上位に食い込むにも関わらず、『長続きしない彼氏ランキング』では堂々の一位という極めて矛盾した成績を残す兄。

そんな兄さんは学校では『エビ男』という名で呼ばれています。
何故エビなのか、というのは『海老で鯛を釣る』という言葉から来ていたり。
エビで釣った鯛にわざわざ餌の海老を与える者はいるでしょうか。
そんな訳で兄さんはめでたく告白が成功して彼女持ちになっても未だに童貞なのです。
実妹としてはそんな兄さんの行末が心配なわけであり……
友人の間で縁結びで有名な神社に兄さんの良縁祈願に行ってみた訳です。

「ここで……合ってるよね?」

その神社は近所山の上に建っていました。
管理者がいないのか、雑草は伸び放題、社の壁は所々壊れて中から得体のしれない闇をのぞかせています。
本来狛犬などの石像が立っているであろう台座も長い年月を経て風化しており、もはや原型を留めていません。
しかしこの小高い山(丘とも言うべきだろうか)には他に神社など建っておらず、この神社に来るまでに一本道であった以上はやはりここが件の縁結び神社なのでしょう。
まぁ鰯の頭も信心からと言いますし、真剣に悩んでいることもあるから何だって縋ってみたいのは本心です。
スカートのポケットから自前の財布を出して五円玉を取り出し、賽銭箱へ投げ込んでガラガラ(正式名称は忘れた)をならs……そうとしたけれど紐がちぎれて鈴が落ちているのを見てため息が。
鳴らすのは諦め、そのまま二礼二拍手一礼。手を合わせて兄さんに恋人ができるように祈ります。

「(……ん?)」

ほんの数瞬だけ目を閉じただけなのに、目を開けると明らかに目を閉じる前には無かったものが見えます。
桃色の可愛らしいお守りが賽銭箱の前に落ちていて……。
そういえば友達もこの神社で不思議な体験をしたって言ってたっけ……これの事なのでしょうか。
お守りには良縁祈願と錦糸で刺繍が施されていました。

「もって帰ったほうが……いいのかな?」

魔物娘が現れてからこちら、人知の及ばない怪奇現象など掃いて捨てるほど確認されるようになりました。
霊媒師は早々に店をたたみはじめ、人間の占い師は姿を消してしまいました。魔物娘の方がよほど正確に霊の声を聞き、魔女が行う占いはピタリと運勢を言い当てます。
だとすると今私の目の前で起きている事も魔物娘が起こした何らかの怪奇現象であると考えると納得がいくくらいです。

「うん、兄さんに持っていて貰おう。誰だかわからないけれどありがとう、まものさん」

お守りを財布の中に丁寧に仕舞いこむと一礼してその場を後にしました。
何だか体も軽い……悩みが少し晴れたからでしょうか?



家に帰り、兄さんの部屋に行くとどんよりと真っ暗な空気を纏って兄さんが机に突っ伏していました。

「また振られたの?」
「言うな……分かり切っているなら聞く必要もないだろ……」

兄さんが付き合ってから振られたのはこれで9人目だった筈。
妹としてはいつ兄さんが家に女の子を連れ込んで隣からいかがわしい音が聞こえてくるのかニヤニヤしながら待っている節もあるのだけれど……この分ではまだまだ先の話になりそうです。

「はい、これ」
「……ん、何だよこれ」
「縁結びのお守り。良く効くんだって」

実際の所よく効くのは縁結びの神社であって得体のしれないお守りにそんな効果があるのか、というとそこだけ私のでっちあげだったり。
プラシーボ効果っていうのもあるし問題ありませんよね?

「サンキュ……妹の優しさに涙が出てくるわ……」
「早く彼女作って安心させてよね。兄さんが0.1%人口になるのもなんだか居た堪れないし」

……あれ、なんだろう?
今ほんの少しだけ……胸がチクリって。
そんな訳がないか。私と兄さんはそんな関係じゃない。きちんと血のつながりがある兄弟相手になんて何も……

─チクリ─

「おい、どうした?ぼけーっとして」
「えっ……う、ううん、なんでもない」

うん、気のせい気のせい。
私は兄さんが誰かとくっつくのを心待ちにしている兄思いの妹。
それ以上でもそれ以下でもありません。

「それじゃ、頑張ってね」
「おう」

なんだか胸がムカムカします
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