第六十五話〜わからず屋には拳を一つ〜

〜???〜
暗い空間の中に意識が浮かび上がる。恐らくはいつもの空間……今回は妙なギミックは無し……流石に赤くなったり足元がベタベタになったりという物よりは気が楽だ。
尤も、この状態自体が既に異常なのだが。

『何で、こんな姿で生まれてしまったのだろう』

どこか絶望したような声が響いてくる。声の主は少し十数歩ほど離れた位置にいるベルゼブブからのようだ。

『僕の友人は皆綺麗な姿をしていた……エキドナ、ヴァンパイア、ドラゴン、アークインプ……同じような高位の魔物だというのに僕は……蝿だ』

友人と談笑する彼女の姿が浮かび上がる。
周囲は気付いていないようだが、彼女の瞳には嫉妬の念がありありと浮かび上がっていた。
もしかしたら本人からの再現映像の可能性もあるので、若干の補正は入っているかもしれないが。

『周りの子は全然気にしない……でも僕自身は劣等感で身が押しつぶされそうだった……』

着飾っている彼女の友人を遠巻きから眺めている彼女が映し出される。
彼女はどこか寂しげにその様子を見ていた。

『滑稽だよね……僕一人で劣等感に苛まれているんだもん。でも、僕にとっては重要な事なんだ』

『そんな気持ちに苛まれているうちに自分でもどうにもならない感情が僕の中を支配していった……』

今まででも暗かった空間がさらにドス黒く……血かなにかのような色に変色していく。

『嫉妬……。自分より綺麗な子に対する羨望がどうしようもなく大きくなってきて……それでもなんとかそれを友人に打ち明けられた。でも……』

これは……つい昨日の光景だろうか。確か吹き抜けの下のベンチにいた時の光景だ。
ベンチの上に彼女自身と彼女の友人らしきアークインプが座っている。

『あの子、言ったんだ……『気にすることはないよ、そんな事』って……』



『そんな事って、何?僕がずっと抱えてきた劣等感がそんな事ってどういう事なの?』

彼女の目から光が失われていき、空間に亀裂が入り始める。

『そうだよね。君は元から可愛いからそんな事が言えるんだよね。僕が感じてきていた劣等感なんて知らないよね。でもね、僕は……』



『モノスゴク、キズツイタンダヨ?』



ベキベキと無数の亀裂で空間がうめつくされていく。やれやれ、本当に……本当にたったこれだけの事で精神の均衡が崩れるのか。
魔物というのは体が人間以上に頑丈でも心の方は大して変わらないのかもしれない。

『本当に、くだらんことで悩むな、お前は』
『クダラナイ?キミニハワカラナイヨネ?ジブンガオシツブサレソウナコノキモチハ……』

嫉妬、か。姿形の事についてはしたことはないが……

『俺の先輩にさ、物凄く強い人がいるんだよ』

何の話だ、と首を傾げる彼女を置いて俺は続ける。
ある意味で俺の独白。ある意味で俺の懺悔。ある意味で俺の夢だった。

『たった一人で敵の群れに突っ込んで纏めて叩き潰すような化物じみた先輩でな。いやはや、目標にするのも無謀な強さだったよ、あれは。』

彼は、強かった。それこそサイバーテロとも言える事件の中核にある巨大な電子兵器をたった一人で、しかも無傷で倒してしまうようなでたらめな凄腕(ホットドガー)だった。

『俺の育ての親に聞いたことがあるんだ。何故俺は彼みたいに強くなれないのかって。なんて言ったと思う?』



『天賦の差、だってよ。俺はどう逆立ちしてもかなわないってさ。でもな、同時にこうも言ってくれたよ。』

それは俺がここまで生きてくる上でのターニングポイントのような物だった。
この言葉のお陰で俺は電脳空間での戦いより現実での戦いに重点を置いたトレーニングを積むようになる。

『お前は電脳空間では全く何もできないが、現実世界では誰にも真似できないような戦い方をする。電脳の海では勝てずとも現実の陸じゃあ誰にも負けないだろ、ってさ』

『現にその頃になると奇襲をすれば師である姉さんにも一割の確率で一本取ることが出来るようになっていたさ。だからな、誰にだってあるんだよ。自分には劣等を感じている反面、誰にも負けないような事がさ』

そう言った途端彼女がケタケタと笑い出す。
精神に直接触るような、背中がぞわぞわとしてくる嫌な笑いだった。

『ダレニモマケナイ?ヒトツカッテモヒトツノコトデダイナシニナッタライミガナイ!』

『容姿にコンプレックスがあるんだったら言ってやる』

殆ど滑るように彼女へと接近し、その細くて小さい肩を掴む。
ベルゼブブという魔物は非常にすばしっこい。本来であれば簡単に避けられていたはずだ。
それだけに今の彼女は完全に憔悴しきっているというのが見て取れた。


『小さくて腕の中に収まってしまいそうな大きさが可愛い』
『……え?』

何を言われたのか分かっていないのか、きょとんとした
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