第八話〜殺人鬼に手向けの花を〜

『アルテア、私は貴様に言ったはずだな?限界が来たら報告するようにと』
『はい……』

いつもの訓練で倒れるまで腕立て伏せをした後、僕は姉さんにお説教を貰っていた。

『では何故そう言ったか分かるか?』
『僕の為を思って……だと思います』

本当は意地悪のためだと思ったけど、そんな事言ったら怒られるのが目に見えているのでやめる。

『その意味もあるが、本質はそれではない。これは貴様に自分の限界を分からせるためだ』
『自分の限界……?』

限界といえば倒れるまでやっているけれどそれじゃあ駄目なのだろうか?

『人間というのは自分が限界と思ってもまだ少しは動ける物なのだ。問題は限界と思ってからどの位で真の限界を迎えるかを把握できるかだ』
『真の限界?』

つまり、指先一つも動かせない状態なのかな?

『その真の限界を把握していれば、撤退時に生存できる確率が飛躍的に跳ね上がる。自分の限界を知っていればどこで引き返すべきかが把握出来るという事だからな』

だから姉さんは無理だと思ったら報告しろって言っていたのか……。

『己の弱さを知れ。己の限界を知れ。己の力量を知れ。戦いというものは相手を知り、自分を知れば生き残る確率が増えるものだ。それこそ下手な技術を身につけるよりな』

姉さんは僕の頭を撫でてくれた。

『アルテア、私はお前に死んで欲しくない。だから、お前に私が知る限りの生き残る術を叩き込む。いいな?』
『了解です。中尉』

『馬鹿者。こういう時は姉さんでいい』
『わかりました、姉さん』



〜ギルド宿舎 アルテアの自室〜
また夢か……。
自分を知れ……か。姉さんって人が教えてくれたんだな。
「う〜……あ〜……」
体を起こすとやたらガビガビとしている。粘液が乾燥したのだろう。
「うわ……気持ち悪……最悪……」
またギルド裏の井戸へと向かう。さすがにもう昨日のスライムはいないだろう。



〜モイライ冒険者ギルド ロビー〜
井戸の水で身体を清めると鵺を取りに戻り、ギルドのロビーへ。
いつものように熱いコーヒーをカップへ淹れ、定位置のテーブルへ付く。

「おにいちゃんおはよう!」
俺を見つけたアニスちゃんがとてとてとテーブルまで歩いて来る。
「おはようアニスちゃん」
近づいてきた彼女の頭を撫でてやる。指の間をさらさらと流れる金髪が気持ちいい。
「ん〜♪」
彼女は気持よさそうに目を細めて喉を鳴らしている。猫みたいだ。

「ねぇ、あたしにもやってよ」
右から声が聞こえてきた。
「あぁ、わか……」
低い身長。ライトアッシュの髪の毛。丸っこい耳。ニータだった。

「おにいちゃん……その子誰?」
アニスちゃんの声が氷点下まで冷え切っていた。
「ふふ〜♪誰だと思う?」
「『私の』おにいちゃんに何か用?」
さらに声から幼さが無くなる。両者の間に飛び散る火花。板挟みの俺。

「別にあんたの物って訳じゃないでしょ?それに私がアルにどんな用事があっても関係ないじゃない?」
「関係なくないもん。私はおにいちゃんのお嫁さんだし」
ええええええええええええええええ!?

「そうなの?」
「いや、そんな覚えは無いんだけど……」
「おにいちゃん……?」
胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い!

「ほらほら、アルテアを困らせないの」
と、そこでミリアさんが助け舟を出してくれる。
あぁ……今貴女が天使に見え……。
「彼は私が予約済みなんだから」
地獄に突き落としやがった!この人助ける気ねぇ!

「ちょ!何言ってんですかあんた!?人妻でしょ!?」
「あら?サキュバスは夫がいてもかまわず食べちゃうものなのよ?むしろそっちの方が燃えない?」
「別な部分で炎上してますよ!てか火に油注がんでください!」
慌ててツッコミを入れるが……。

「おにいちゃん……?」
「へぇ……そうなんだ」
もう右も左も見れません……。



結局アニスちゃんVSニータの勝負は『どちらが俺を落とすか』という種目へ移行して行った。
今は俺の左膝にアニスちゃんが、右膝にニータが座り、小さなお尻で陣取り合戦をしている。

「(食べにくい……。)」

俺はというと身体の前に小柄ながらも二人も座っているため、朝食を食べるのに悪戦苦闘していた。
アニスちゃんがそれに気づいたらしい。

テーブルの上のフォークを手に取るとサラダを突き刺し、
「おにいちゃん、あーん♪」
口元に持ってきた。
「あ、あ〜ん……」

周りがニヤニヤしているのがわかる気がする。視界の隅のミリアさんが生暖かい目で見てくる。
「おいしい?」
サラダを咀嚼しているとアニスちゃんが笑顔で聞いてくる。
正直味なんてわかったもんじゃない。
「あぁ、おいしいよ」

「……」
それを見てニータは何を思ったのかプチトマトを口に含んだ。もう嫌な予感しかしない。

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