私はフォン=エルハイム=フリードリヒ三世。エルハイム王国の国王だ。
貧しくもなく、さほど豊かでもない国。主な産業は農耕と近くの鉱山の鉄鉱石の産出だ。
国民は皆主神教の敬虔な信徒達で、争いを好まず日々平和に暮らしている。
国の一番大きな教会にいる司教も清貧を心がける敬虔な信者。欲に溺れることもなく、子供たちに文字や計算を教え、病める者、弱き者に施しをする素晴らしい方だ、
極めて大きな幸福は無いものの、皆ささやかな幸せで満足できる……そんな素晴らしく、何の変哲もない国だった。
さて、そんな何の変哲もない日々。私の人生を大きく変えるある出来事が起きた。
あれは私が執務室で届けられてきた嘆願書に目を通し、その対応を見定めている時だった。
たとえ国が逼迫していなくても、何かしら不満が出てくるのは世の常。しかし、その不満をないがしろにするようでは真の王とは言えないだろう。閑話休題。
ふと、夜風を感じて後ろを振り向く。今日は少し冷えるので、窓は締めておいた筈なのだが……
「今晩は、国王陛下。ご機嫌はいかがかしら?」
風になびくカーテンの向こうに、誰かが立っていた。そんな馬鹿な、少なくともここから地上までは3階もある。普通の人間がまともにここまで来られるはずがない。
そして、そのカーテンに映るシルエットに明らかに異質なものが映っていた。
頭にはねじれた角。
腰あたりにはコウモリのような翼。
そして、腰から伸びて自在にうねる尻尾。
それは紛れも無く……
「悪魔……!」
「あら、悪魔じゃいけなかったかしら?」
慌てるな……まずはどうする……!?衛兵を呼ぶか?それとも身を守るために剣を取るか……!?
そんな慌てた気配を察知してか、カーテンの向こうの影がクスクスと笑い始める。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない。別に貴方をとって食べようなんて気は無いのよ?」
「何……?」
悪魔と言えば人間の魂を貪り喰らう邪悪な存在ではなかったか……?
物によっては血肉を食らう種類もいる筈だ。それが何故……?
「あ、でも気に入っちゃったら別の意味で食べちゃうかも♪」
「……っ!」
やはり私はここでこの悪魔に食われるのか……!魂か、肉か……。相手の悪魔の力量が未知数であるだけに衛兵を呼んで太刀打ちできるかすら分からない。こんな物の相手は勇者でもないと務まらないというのに……!
「ブルブルと怯えちゃって……か〜わい♪」
「っく……えいへ……」
流石にもう一人は限界だ。衛兵を呼ぼうと口を開けた所で私は固まってしまった。
夜風にカーテンが煽られ、闖入者の姿が月明かりに照らし出される。
その姿は、あまりにも美しすぎた。
………………
…………
……
「……か。……いか!」
頭がどこかぼんやりとしている。
どこか遠くから声が……
「陛下!どうされました!?」
「む、済まない……。少し呆けていたようだ。」
どうやら昨夜のことが衝撃的過ぎて頭から離れないようだ。
このままではいかんな……政務にも支障が出る。
「この後の予定ですが、隣国の姫との会食が……」
私は呆れながら手を振った。今はその話どころではない……というより、昨日の彼女が頭から離れない。
「またその話か……私はまだ誰も娶るつもりは無いと言っているだろう。」
「しかし陛下、貴方様は未だ一人の身……お早い内にお世継ぎを作らなくては万が一の事があった時にどうするのです。」
「その時は豚にでも王冠を被せて玉座に座らせておけばよかろう。私も嘆願書に目を通しているとは言え、家臣の方が余程有能ではないか。」
実際にその通りで、今のこの国は国王が居なくても十分運営していけるほどに有能な家臣が揃っていた。
私は事務仕事こそ人並み程度にしかこなせないが、人を見る目だけは備わっていたのだ。
私を陥れようとした政敵を見破り、忠実な家臣を手に入れられたのは幸運以上の何物でもないだろう。
「お戯れを……貴方様が居なければ国民は一所に纏まりません。象徴としての国王が必要なのです!」
「全く……お飾り無くしてはままならない国というのも考えものだな……。いっその事政を全て国民に任せてみてはどうだ?少なくとも私は必要なくなるだろう。」
すると、目の前の家臣……カシムは満面の笑顔でこう言い放った。
「陛下、いい加減にしないと本気で怒りますよ?」
「……済まない。」
正直言うと今もこの男が怖くてたまらない。かつての教育係であったこの男が。
私は執務室で手記に筆を走らせながら昨夜の事を思い起こしている。
あの銀髪の悪魔はなんと名乗ったか……そう、ミリアと言ったか。
悪魔とは思えぬ美貌、妖艶な笑み、心がどこまでも見透かされそうな真紅の瞳……。
そして、本来ならばおぞましいとさえ思える筈の異形の部分……
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