第六十一話〜羊の皮を被った聖職者〜

兵隊よりも血なまぐさい職業は何か、と聞かれたら俺は迷わず『宗教関係者』と答える。
西洋の魔女裁判、十字軍による侵略、イスラム過激派によるジハード、土着信仰に稀に見る生贄や食人文化……神という免罪符ができると人間というものはおぞましいことでも平気で行ってしまう。
特にその傾向はこちらの世界では顕著に見てとれる。反魔物領の魔物に対する弾圧(あまり効果はないようだが)やガーディアンなどは記憶に新しい。
しかし、考えも無しに魔物に対する嫌悪感を表してくる奴はまだ御し易い。明確に狙い所がわかる分手の打ちようもある。
問題は……内部にひっそりと紛れてしまった内通者だ。
こいつは表面上こちらへの敵意を剥き出しにしたりはしない。
何食わぬ顔でこちらの食事(これはあくまで比喩表現だが)に毒を盛る。
その毒とは厄介なもので、食べたその時には全く痛くも痒くもない。
それどころか目立った毒性も表さず、これによる致死率は0に等しい。
ただし……この毒を食べた者は対となる毒薬で一瞬にして葬られてしまう。
誰が毒を盛っているのかわからない。誰が羊の皮を被っているのか分からない。
それすなわち仲間の輪の中に疑心暗鬼を生み出し、動きを一層麻痺させる結果となる。
見破る方法はただ一つ……その羊の皮を被った誰かの顔を知っている奴が見つける事だけだ。



〜冒険者ギルド 事務室〜

「なぁ、ミリアさん……何で俺がわざわざこんな格好をしなきゃならないんだ?」

出かける用事があると言われて中に引っ張りこまれ、俺はミリアさんに礼服らしきものを着つけられていた。正直言って窮屈な事この上ない。

「それはもちろん本部のお偉いさんの所に顔を出さなきゃいけないからよ。貴方いつも適当に直しただけのボロボロの服着てるじゃない。ちゃんとにおめかししないとね〜♪」

人食いダンジョンの調査に成功してから一週間後、俺にギルド本部から召集命令が下った。
何でも難しい事件を解決してくれたからという事で表彰を受ける事になったんだとか……。
それなら今までいくつも解決している気がするのだが……何故今になってなのだろうか。

「今までの貴方は素性の知れない異邦人だったから。でも幾つもの難事件を解決している内に評価をしないとマズいという状況になったみたいね。知らないでしょうけど貴方は本部では結構人気が出てるのよ?」
「噂の独り歩きだろう。きっと向こうじゃ天を割るほどの大男か何かだと思われているに決まってる。」

おまけで精力絶倫のインキュバスか何かだと思われているのなら是非にでも訂正したい。
薄弱とは言わないが人並みだ、人並み。

「向こうでの貴方の噂知ってる?」
「いんや、行ったこともないからな。」
「ピンチに駆けつけ颯爽と助けていくイケメン好青年♪」
「なぁ、俺本当に行かなきゃダメか?ダメならダメでロバートに影武者任せるとかさ。」
「却下♪」

どうやら俺の意見はガン無視らしい。これ以上変なフラグが立たないように祈るしかないか……。

「わぁ……おにいちゃんかっこいい……」
「でしょう?馬子にも衣裳とはよく言ったものねぇ」
「おい、そりゃどういう意味だ。」
『マスターが馬っぽいからではないですか?種馬的な意味で。』
「相変わらずヒデェなおい。」

否定はできないが肯定もしたくない。

「アニー、彼に付き添っていてあげなさい。うかうかしていると向こうの女の子に取られちゃうわよ?」
「え、やだ!」

俺のことを離すまいとがっしりと腰に抱きついてくるアニスちゃん。どれだけ俺の事を好いてくれているのやら……。好かれて良い程俺は碌な奴じゃないというのに。

「少なくとも今日一日は付き合ってもらうわよ。ただでさえ貴方に会いたいって子が山ほどいるんだもの。」
「いや待て、子って事は殆どが魔物か?」
「人間よりよほど有能な子が多いんだもの。自ずと割合も多くなるわね。」

誰か、コピーロボットを貸してくれないか?俺は今日一日ヒロトの所でコーヒーでも飲んでのんびりしているから。

「だいじょうぶ!おにいちゃんはわたしがまもるから!」
「ありがと……頼りにしてるよ。」
内心凄まじく不安ではあるが。

『アルテア公開オークション、はっじまっるよー』
「テメェは縁起でもないこと言うんじゃねぇ。」



〜大要塞都市 アイゼンクレイドル〜

旅の館で目的地であるアイゼンクレイドルへと到着する。
この街は360度が巨大な防壁で囲まれた城塞都市で、あらゆる方向からの攻撃に耐えられる堅牢な要塞として機能している。
上空には巨大なバリアフィールドが張られており、空からの侵入は不可能。
結界によって都市内部への転移は旅の館以外はできず、唯一の侵入経路は東西南北4箇所にある関所からのみ。
その関所の門も防護紋と呼ばれる特殊な魔方陣を
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