第五十九話〜虚ろ〜


〜???〜

元々接点は少ないとは言え、知り合いの心の中に入るのはこれが初めてだ。
もしかしたら知らない内に彼女もストレスを溜めていたのかもしれない。それに気付けない自分に心底嫌悪感が湧いてきた。あぁ、もっと彼女の事を気に止めていてやれば……

『お腹空いた……』

……はい?

『いくら食べ物を食べても満たされない……いくら食べてもひもじいまま……』

切り取られた風景には必至になって食事を食べているシアの姿。
しかし、食べ終わってもその表情はどことなく不満気だ。

『ううん、本当はわかってる。本当に欲しい物……私の望むご馳走は別にあるって。』

道行くカップル、フレンブルク夫妻、そして……俺ぇ!?

『欲しいよ……白くて熱くてドロドロで……美味しくて甘くて濃くて……』

おい、何か足元が白くてベタベタヌルヌルしたものに覆われ始めたぞ。
つか何、この栗の花の匂い。アレか、アレなのか。

『ホシイ……タベタイ……オナカスイタ……』

シアの姿が現れ、こちらへフラフラとにじり寄ってくる。
その目はどこまでも、虚ろだ。

『チョウダイ……ホシイ……オナカスイタ……オナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタ』

俺の裾を掴んですがり寄ってくるシアに俺は……



脳天にチョップを食らわした。



『ぎゃふ!?』

その一撃で正気に戻ったのか、若干潤んだ目でこちらを睨みつけてくるシア。
今のこいつに必要なのは……

『な、何をするんですかアルテ……』
『正座』
『は、はい?』
『正座だ』

ちょこんとその場に膝をついて座り込むシア。足がベタベタしたもので汚れているのは、気にしない。
今こいつに必要なのは説得でも、激励でも、慰めでもない。

『いいか、お前は自分の『腹が減った』という願望だけで多くの人に迷惑を掛けているんだ。お前がいた迷宮にだって生活していた魔物が山ほどいたし、同じように人間もいたはずだ。それを自分勝手な望みでぶち壊しにするとか何様のつもりだ。そもそも自由というものは好き勝手にやっていいという訳ではなく『相手の自由を妨げない範囲』で自己責任に則った上での自由なんだ。今回お前がやったことは他人の自由を侵してまで自分の欲望を優先した事なんだぞ?』
『あの……』
『第一そこまで腹が減ったなら本格的にだれか相手を探せば良かったんだ。仕事を2、3日仕事を休んで逆ナンパでも合コンでも参加すれば一人ぐらいはよさそうな相手が見つかってもいい筈だろ?それともアレか。お前は『いつか素敵な王子様が現れて連れていってくれる』的な願望でもあったのか?大体な、素敵な初体験なんて望むべくも無いんだぜ?せいぜいが肉食系に初めて食われて終わりだ。俺もそうだった。それを考えたら中の下くらいで妥協して相手見つけてそいつを好きになったほうがまだ建設的だろう。だから(ry
『ひ……ひ〜ん……』

説教だ。



『……という訳だ。わかったか?』
『ごめんなさい……もうしません……』

約一時間後。俺はみっちりとシアに説教をして心をブチ折ることに成功した。何やってんだ俺。

『ま、色々とキツい事言ったけどよ……』

その小さい頭の上に手を置いてわしゃわしゃとなで回してやる。
こいつもこいつで色々と苦しかったんだよな。

『きっと良い奴が見つかるって。だからヤケになんかなるなよ。な?』
『ひぐ……うぇ……ア”ル”デア”ざ〜ん”……』

鼻水とか涙とかでぐしょぐしょになった顔を俺に押し付けて泣きじゃくるシア。
何と言うか……うん、美少女が台無しである。
そして周囲の光度が徐々に上がってきた。光に目が眩み、互いの姿を確認する事も難しくなる。

『あれ……なんですか、これ。』
『あぁ、もうすぐ目が覚めるって事だろう。今回は……説教だけで終わっちまったなぁ。』

するとやけに慌てた様子で俺に体を押し付けてくるシア。柔らかいんだけど……うん、起伏がない。

『あぁ、目が覚める前に一回でもそういう事してみた……』
『そういうのは現実で本当に好きになった奴にやってもらえっての。』

慌てるシアを他所に意識が現実へと引き戻されていく。
今回はこれにて一件落着……起きた時も周囲に危険はないだろうし、シアも大した怪我はしていない。あぁ、楽できるって素晴らしい。

『そ、そんなぁ……ボクだって……』

意識が完全に引き戻される前にシアが何かをつぶやいた気がしたが、聞き取る前に意識が完全に覚醒してしまった。



〜クァンティムダンジョン〜

「っ……ててて……毎度毎度起きた直後は頭が痛いな……」
『それだけ脳を酷使しているという事でしょ
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