第五十八話〜Vore〜

動物が持つ原始的な恐怖の内の一つに、捕食されるかもしれないという物がある。
原始において弱者は強者による捕食対象となり、常に強者に怯えて過ごすことになる。
おそらくはここいら辺が被捕食恐怖の始まりだという事だ。
これに関しては人間ですらも例外ではない。人間が猛獣に対する対抗手段が無かった時代……そう、本当に猿だった時代にはせいぜいが木に登るとかその程度しか対抗手段が無かった。つまり、普段は忘れているかもしれないが人間が捕食されるという恐怖を持っていないのはおかしいのだ。
何が言いたいかって?今回俺が言いたい事はたった一つだ。

食われるの滅茶苦茶怖えぇ。



冒険者ギルド ロビー

「んと……これと……これ!」

テーブルの上に広げられたトランプをアニスちゃんがめくる。
一枚目がスペードの4、二枚目がハートのJだ。

「残念、そんじゃ次は俺の番だ。」
「う…………」

右上の方と中央近くをめくる。ダイヤの3とクラブの3。さらに次々とめくっていって的中させていく。
もっとも、視線は常に動かしてある。その動かした先にあるものは何枚も撮られているスクリーンショットの数々。ようするにカンニングだ。

「っと……これで28組目か。俺の勝ちだな。」
「おにいちゃんがちっともてかげんしてくれない……」

そりゃそうだ。一日遊んで欲しい程度のお願いならば俺だって手の抜きようがある。
しかし、彼女が提示した勝利時の賞品が『お嫁さんにして欲しい』だったのだ。
確かにアニーは可愛い。嫁に来るとかそういうのを抜きにしても普通に一緒に暮らせたら眼福が毎日やってくるという物だ。
しかし、いつか俺が現世界に戻らなければならないとすると……間違いなく彼女も連れていかなければならない。
次元を突き破るにせよ、もしくは跳躍するにせよ危険は付き物だ。そのリスクは全て目を瞑るとしよう。
彼女が魔物だ、という事も一切度外視する。異星人との婚姻であれば移民船団の連中がいるからな。一切問題ない筈だ。
最大の問題は……フェンリルのメンバーへの紹介だ。

「向こうでできた嫁さんだ。」
「おにいちゃんのおよめさんです♪」

まず真っ先に姉さんにフルボッコにされた上にみっちりと再教育(洗脳)されるだろう。
さらに、おやっさんにはほぼ毎日からかわれるだろうな。あの人も人の事言えないと思うんだけどなぁ……あの合法ロリ医とか。
問題なのは二人だけではない。間違いなく他のメンバーにも冷やかされる毎日が続くだろう。
あぁ、それ以前にラプラスの問題もあったな。あいつだったら24時間365日フルタイムで俺をチクチクといじくり倒すだろう。
もう心労で過労死という笑えない未来しか想像できない。

「おにいちゃん!もういっか……」
「は〜い、そこまで。アニーには残念だけど彼に仕事が入ったわ。その勝負はまた今度ね。」

手を鳴らしながらミリアさんが割り込んでくる。
アニスちゃんはというとほっぺたを膨らましながら渋々とどこかへ行ってしまった。
帰ったらどこかへ連れて行ってやろうかな……。ニケのキッチンあたりでストロベリーサンデーでも奢ってあげようか……美味しいらしいし。

「で、俺に直接言いに来るって事は……アレ絡みか?」
「さぁ?私は怪しいとは思っているけど……正直言ってなんとも言えないわね。」

彼女に渡されたクエストの依頼書をざっと眺めてみて、確かになるほど。
『怪しいとは思うが関係があるのかがわからない。』というのが納得できた。

〜クエスト開始〜
―人食いダンジョンの調査―

『つい先日にあるダンジョンの魔物達が一斉に外に出てくるという事態が発生した。彼女達曰く、「嫌な感じがする」との事。                                            
調査へと赴いた冒険者1パーティも未だに帰還せずに音信不通。ダンジョン内の宝箱へのポータルも完全に塞がれている事から内部の様子がどうなっているのか全く分からず、現在該当するダンジョンは完全に閉鎖中となっている。                                      
もしも我こそはという冒険者が居たら是非とも調査へ赴いて欲しい。                   
                                                冒険者ギルド本部 』

「要するに中にE-クリーチャーがいる可能性が高いと。」
「えぇ。但し生還者はゼロ……内部の情報は無いに等しいどころか皆無よ。本当であればそんな危険な所に一人では行かせたくないのだけれど……」

ミリアさんが言い辛そうに口ごもった。なんとなくだが……理由が推測できた気がする。

『複数人で行って全滅した時の損害が大きすぎる
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