人間誰にだって堪忍袋というものが備わっている。
その緒の耐久力は人によってまちまちだ。異常に硬い奴もいれば、あっという間に緩む奴もいる。
俺なんかは割と硬い方だと自負するのだが、こと女絡みだとやたら緩みやすくなる傾向がある。
女性=守るべきものという考えは無いぜ?一度姉さんと関わったことがある奴ならそんな幻想はドブに捨てている。
では何故女絡みだと緩みやすくなるのか。単純に言ってしまおう。男が悪いのだ、男が。
………………え、俺も?こりゃ失礼。
鋭い踏み込みと震脚と共に、フィーの顔面へストレートを浴びせる。
こと接近戦において、この女に手加減という三文字は最初の子音のtも必要無い。ぶっちゃけ敵わない。
あっさりと躱されて回し蹴りが飛んでくる。ダメージを覚悟で掴みとり、投げ技をかけようとして……背筋がゾクリと冷える。
見を屈めながらバックステップで下がると、今まで頭があった場所に鞭のように彼女の尻尾が通過した。危ねぇ。
しかし怯んでいる暇はない。身を屈めた事で安定が増したので再度反撃に出る。
小刻みに肉薄し、左フック……と見せかけて心臓狙いのストレート。しかし向こうも予想済みだったようで、腕を交差してガードされた。手応えが無い訳ではないが、相手はリザードマンだ。この程度では音を上げないだろう。
「徒手空拳は……っ!苦手なんじゃなかったか?アルテア。」
「ま、苦手は苦手だがね。そこいらのチンピラに負けないぐらいは経験を積んでいるつもりだ。」
互いに足を止め、相手へと拳を突き出し、躱し、防ぎ……何合目だろうか。数える事も億劫になるほど拳を交わした時だ。
「ふんっ!」
「ぅおあ!?」
突如世界がひっくり返った。
足を払われたのだと気づいたのは空に映る星が見えてからだ。全く……視認不可能なほどの高速移動ってどうなってんだよ。縮地とかそんなレベルじゃねぇぞ。
痛む腰を撫で摩りながら上体を起こす。
目の前には満足気に尻尾を揺らす彼女の姿。
「やれやれ……お前にはいつまでたっても勝てる気がしないな。」
「それは困る。私としても是非打ち破ってもらいたいものだ。本気でな。」
無茶を言うな。
立ち上がって尻や背中に付いた汚れを叩いていると、テントの中からマントを羽織ったミストが姿を表した。
そういやあいつ……なんで合流してからずっとマントなんぞ羽織っているんだ?
「アルテア、今からでも遅くはない。私と組まないか?」
ミストの方を見ていると、唐突にフィーが話しかけてきた。
もうその話に決着は付いているはずだ、そう言おうとしたらミストが口を挟んできた。
「やめておけ。お前では蜂の巣どころかミンチになるのが関の山だ。」
睨み合う二人。あぁ、普通の修羅場に初めて遭遇した……って言っている場合では無い。
「だが、撃たれる前に倒してしまえば問題は……」
「お前は、あの地獄を知らないからそういう事が言えるのだ。」
「お、おい……あんまり喧嘩するなよ。」
二人の間でオロオロするだけの俺ヘタレ。せめて戦闘時の度胸の1割でもあればなぁ……。
怯えるように目を閉じていたミストが目を開き、決然とした眼差しでフィーを見据える。
「私ならアルテアを守りきれる。断言しよう。」
「……っ!」
フィーが苦虫を噛み潰したような表情で固まる。どうやら決着は付いたようだ。
「あ〜……話は済んだか?」
「あぁ、時間を取らせて済まなかった……なっ!」
脛に走る激痛。というか、フィーに蹴られた。割と本気で。
思わず脛に手を当てて悶絶する。
「〜〜〜〜〜〜っ!い……って……!」
「ふん……」
まぁこれも俺が不甲斐ないばかりに受けた痛みだ。甘んじて受けよう。
野営の跡が片付き、あとは出発するだけ……と思ったが、まだ結界が解除されていない。
エルファはというと……通信が終わったにも関わらず何かを考え込んでいるみたいだ。
「おい、エルファ。」
「……魔力じゃない……煙……?でも違う……」
すっかり自分の世界へと入り込んでしまっているらしい。ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「ほら、出発するぞ?エルファ、エルファ!」
「ふぉぉおおお!?」
肩を揺さぶって呼びかけると素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
やれやれ……こんなんで大丈夫か?
「そろそろ出発するから結界を解いてくれ。隠蔽工作を忘れないようにな。」
「う、うむ。わかったのじゃ。」
結界が解かれたのか、閉塞感が一瞬で消え失せて辺りから虫の鳴き声が一斉に聞こえてきた。
「うっし、行くか。手はず通り、エルファとニータは隠し通路を。フィーとチャルニ、メイは裏口を頼む。その間俺とミストは正面玄関で暴れてくる。それじゃ、解散だ。」
アポロニウスを展開し、夜の森の中を進む。
程なくして森が途切れ、ミシデ
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