それから、彼女は、1枚目の結界の外から、僕の部屋の窓から見える位置でこちらをじっと見つめてくるようになった。僕も同じようにそれに気づけば、勉強の途中ながらも上空の彼女を見つめた。たまに司教さんが入ってくるので慌ててカーテンを閉めようとするけど、透視能力でもあるのか、その時には自分の部屋の窓からは見えなくなっていた。
そうしたことを二月ほど続けていただろうか、僕は、見つめるだけじゃなんだか足りなくて、また外に出たいと思うようになった。あの日はこっそり抜け出したことに誰も気づかなかったけど、今回は運が悪く、司教が廊下に立っていた。
「ナギさん、どうしたのかな、この時間は寝ていると思ったけど」
神力の代わりに視力のほとんどを失い白眼となったという司教が、まるで見えているかのようにこちらをじっと見つめる。
「ああ、先生。外の月がとても綺麗で、まんまるで掴めそうなのに、遠くて。外に行ったら掴めるのかな、とそんなふうに思って。前の前の満月より、ずっと気になっていたのです。」
外にいる魔物のような何かに会いに行くとも言えず、咄嗟に嘘をついた。
「月はあなたが思っているより、ずっと遠いのですよ。外に行っても、触れやしません。…そういえば貴方、最近部屋では空ばかり見て、勉学を怠っているようではありませんか。」
「はい。その通りです。私は、美しい月に魅了されてしまって。最近は窓越しの月が気になって仕方がないのです。だから、一度でいいから、この目で月をちゃんと、窓を通さず見たくて。」
咄嗟に出てきた言葉は、今思えば彼女を月に喩えた口説き文句のようだった。
「それで気が済むと言うのなら、いいでしょう。ただし、外にはこわーい魔物がいます。トリネコの木の囲いの外には、出てはいけません。そこを境に、結界が貼ってあります。決して、出てはいけません。もし、君とここの人間以外の影があったら、このナイフを突き刺して、建物の中に戻ってくるのです。そのときは私に報告なさい。人型をしていても、決して躊躇してはいけません。」
司教は、清めの台から一本のナイフを差し出した。自分の体の中から感じられるエネルギーと、同じものを感じる。それを使う気はなかったけど、僕はそれを握りしめて、ドアを開けた。空を見る。丸い月が美しく輝いて、その隣にいつものシルエットが見えた。彼女だった。彼女は自分に気づくと、結界に沿って降りてくる。彼女は、1枚目の結界の外、トリネコの木の遥か向こうにいた。それでも、僕はギリギリまで近づきたくて、トリネコの木のそばまで走った。トリネコの木のちょうど外には、2枚目の結界が貼られていた。
トリネコの木の向こうに行ってはいけない、と言われたのを思い出して、木のそばでおろおろしていると、彼女は何を察したのか、結界を気にすることなく、難なくこちらにやってきた。
「久しぶりね」
「えっと、久しぶりです」
「ずっと会いたかったの。私はリン」
「あ、えっと、ナギです。よろしくお願いします。」
こちらに手を伸ばされる。バチッと音がして、結界を通り過ぎる。握手をするつもりでこちらも手を伸ばしたが、彼女の手がこちらに着く前に引っ込められる。そして彼女は2枚目の結界を破って一歩、こちら側に踏み出した。そして再び手を差し出す。結界を破いた瞬間、甘い香りが鼻腔を擽った。
「厄介ね、これ。私でもずっと触れていたら、溶けちゃいそう」
「あの、無理させてごめんなさい…」
「いいのよ、私が来たいから来たの。触れられないことほど、辛いことはないわ。」
頬を撫でられる。じっと双眸がこちらに向いている。甘い香りがいっそう強くなった。
「…おかしいわね。ママと聞いた話とは違うわ。」
見つめあって、3分もした頃だろうか。彼女は口を開いた。おかしい、とは?はて?
「ねえ、あなた、いくつなの?もしかして、背格好の発育がいいだけで、8だったりとかしない?」
「えっ…僕、そんなに幼い見た目ですか?今年で14なんですけど」
「今年で14!?いえ、そんなはずは…」
「今は13ですけど…そう見えませんか?僕は周りに比べてたしかに少し小さいかもだけど、来年には立派な成人です」
「えっ…じゃあなんで…私…もしかしてママの子じゃない…?」
話についていけない。彼女はさめざめと泣き始める。初めてできた好きな子を泣かせてしまった。
「あの、僕、何かしたか…わからないんだ、どうか、泣かないで」
「じゃ、じゃあなんで私のこと襲わないの…」
「お、襲う…?」
予想外のワードが出てきて、僕は固まる。魔物を襲う、ってその、このナイフで刺すってこと!?僕は、懐に忍ばせたナイフを見た。魔物って、ナイフで刺されたい生き物なのか…?寧ろ、こちらを襲うものだと思っていた。じゃあ魔物にとって、人間って…?
僕は、
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録