その声が聴こえない



声を失ったとある吟遊詩人の話をしよう。
この話は「いつかの終わりに語られた笑い話」と呼ばれる物語の続きだ。
ハッピーエンドの先に悲劇が存在するなんて悲しい話を聞きたい奴だけ聞いてくれ。


その男は幼いころ心の底から愛した少女を失った。
男は悲しみ嘆き、しかしその悲しみを力に変え、世界各地で歌い上げる吟遊詩人になった。
心に響く歌と詩、弦の調べとともに紡がれるそれは多くの人々の心を掴んだ。
出会いと別れ、恋と死の運命、しかしそのすべてを愛した男は、神にでも愛されていたのだろう。


奇跡が起こり、いつかの少女が転生し、天使となりて吟遊詩人の元に舞い降りたのだ。


吟遊詩人も天使も、その再開に歓喜し。二人で幸せを紡いでいくことを望み夫婦になった。
今まで失っていた時間を埋めるように、愛を語り合い積み上げ仲睦まじく過ごしていった。
その天使は愛情で出来ているかのような存在であり、至上の愛を男に捧げた。
天使は良き妻として甘い甘い濃密な愛情をもって接し、情熱的に夫を求め交わりあった。
男もその天使を求め愛を捧げ、彼女が居ないことが考えられない程、深い愛情で結ばれていった。

男も、女も、幸せだった。


ここまで良い、ここまでは愛が紡いだ奇跡だ。



しかし、愛は万能ではない。
どれほど正しい愛ですら失うものがある。


男は、"悲劇"を失った。


今まで歌い上げていた悲劇を交えたそのすべての歌い方を、忘れてしまった。
努力を怠ったわけでも、感性が鈍ったわけでも無い。
だが、今まで語っていた悲劇が、理解できなくなってしまったのだ。

"これは芸術家としては致命的である"。

その歌は誰かの心に響かない。その詩を語る口も嘘くさい。紡がれる弦の調べも偽物のようだ。
自分自身ですら認めることのできない違和感に直面し、男は呆然と佇むしかなかった。
男は、取り戻すことのできなかった愛を手に入れた。

しかし、その奇跡の代償に吟遊詩人という人生を失っていた。


男は心を閉ざした。
自身が愛した幸せに、すべてがぶち壊されていたのだ。
狂おしいほど求めた少女の愛に、自分が破壊されていた事実を認識した男は閉じこもった。
天使を責める事などはありえない。彼女は一切悪くない。
いや、このことに関していえば、誰一人として悪人などいないだろう。

しかし、無性に腹立たしく、怒り狂うように惑い、道理の無い虚無感に襲われ絶叫した。
暴力的な衝動に襲われ、何もかも壊してやりたいほどの無力感に支配され、涙を流した。
狂気にかられ、頭の中で意味の分からない言葉が氾濫し、迷い、終わりがないことを知った。

男は、愛情によって壊れてしまっていた。

だが、まだ冷静さは残っていた。
彼女を傷つけるわけにはいかない。それだけは絶対に避けねばならなかった。
だから男は、薄暗い一室に閉じこもり、外界のすべてを断った。



それが一番彼女を傷つけると知らぬまま。



一年ほどの月日が立った。

閉じこもると言えども、最低限の食事などをおこわねば人は生きていけない。
男は少女に生かされ続けていた。
少女は、これほどまでに壊れた男を相手にしながら、それでも優しく献身的であった。
しかし、愛を体現する天使であるがゆえの深い愛情が、それを深い悲しみに変えていた。

誰も悪くない、それは男がいつも、強く強調する言葉だった。

嘘だ。そう天使は認識していた。
天からずっと彼のことを見ていた。彼がどんな歌を歌うのかも知っていた。
彼がどんな人生を歩んできたのかも知っている。彼がまだ思ってくれているのも知っていた。
そのまま歌い続けていれば、彼が望むままにすべてを手に入れることが出来ただろう。

それを壊したのは、私の欲望だ。
彼と結ばれたかったという浅ましい感情で地上に降りてその愛を一身に受けたかった、私だ。
でもそれで私たちは何もかも失ってしまった。

触れるほど近くても、彼のことを真に思っていても、心の底から愛していても。



その声が聴こえない。



この悲しみは愛で埋めることはできない。愛によってできてしまった瑕なのだから。
だから、天使は決意した。彼を愛するがゆえに、彼のもとを去ろう。と。



そして男は走る。あてもなく走る。
一枚の手紙を認めて自分の元から消えた彼女を探して。
誰が招いた悲劇だったか。何、大したことは無い、少し歯車がかみ合わなかっただけの話。
だが噛み合わなかった歯車が、一つの幸せを壊してしまった。


そんな他愛もない、よくある悲劇のお話さ。
















「という話を以前聞いた気がするんだが、なんで仲良く飯食ってるんですかねぇ」
「だいたい追いかけて最短1日最長3日くらいの位置で捕まえられるからね!」
「ご飯が終わったら
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