魔剣「心紡ぎ」

山奥に住まう単眼の魔物の元に一人の剣士が現れた。
その単眼の魔物の種族はサイクロプス。数多の高名な魔剣を打ち出した刀匠と言われている。
彼女は麓の村に気まぐれに作った刀剣を卸し、それで賃金を得て暮らしていた。
本気で作った剣はない。しかしそれでも彼女の作った剣は売れる。
手慰みで作った剣ですら魔剣と呼ばれ、それは彼女の確かな技術を世に知らしめていた。



彼女は神々の武器を作るほどの技術を持っていた。
しかし、彼女は誰かの為に剣を打つということはしなかった。
どのような英雄にも勇者にも、力を得るためだけの剣などを授ける気にはならなかった。
今回訪れた男も自分が作った剣を見て、己の力となる剣を欲してきたのだろう。
確かに目の前の男は実力者ではあると思うが、英雄にも勇者にも程遠い強さしか持たぬ男だ。
その手の輩は多い。不相応な力を得て強くなった気分になるものは世にごまんといる。
だから、最初はここに来た男のことは追い返すつもりではあったのだ。


しかし男の注文は奇妙であった。


「無理な注文だとは思うが、この剣を打ちなおして欲しい。
 どのようなやり方でも構わない。その剣を転生させてやってくれ。無二の相棒なのでな」


男は自らの腰に差していた一本の剣を刀匠に預け、それを打ちなおして欲しいと差し出してきた。
質は悪くない、だがみすぼらしい。店売りの量産品より少し質が良い程度の片刃の刀である。
彼女が作る魔剣に比べれば有象無象の中に埋もれてしまう剣の一本に過ぎない。
しかし彼女は、そのただ一つの瞳に映る剣に心を奪われた。


なんと美しい剣だろう。


この剣は一人の男の人生を共に歩み続けた剣だ。
大事にされ、使い込まれ、頼りにされ、信じられ、磨き上げ、命を託され、そして生きてきた。
丁寧に手入れもされている。研磨され擦り減った刃は無骨に鈍い光を放っていた。
目の前の男はこの剣を使うことだけしかできないのだろう。他の武器など一切扱えぬはずだ。
それは誇りなのか、理由があるのか、ただの意地なのかはわからない。
だが最も頼りにする相棒と共に、剣士は歩み続けたはずだ。
剣だけではどうすることもできない不利な戦いもあっただろう。
しかしそのような戦いですら切り抜けてきた剣には男の魂が宿っていることが確信できた。
この願いを断ることは男の人生を閉ざすことにすらなる。そう思えた。
気が付けば、男の依頼を承諾していた。


この剣は剣士である男の身体の一部なのだろう。
剣を一つの目で眺めるだけで多くのことが伝わってくる。
重量の配分を少し狂わせるだけでこの剣はダメになってしまうだろう。
ここまで男の思いを乗せられた剣である。それはもはや魔剣とすら呼べた。
そして、男がこの依頼を持ってきた理由もよくわかった。
限界なのだ。
ただの剣として限界まで使い込まれ、戦ってきたがこれ以上この剣が上りつめることはできない。
ふとした拍子に折れてしまいそうな危うさをその刃に隠していた。
所詮は、ただのモノである。
その剣は、誰かのために剣を打たぬ彼女にその現実を突きつけようと語りかけてきた気すらした。
違う、そんなことはない。貴方たちはまだ高みに上ることができる。
こんなに美しい剣と、そんなに綺麗な心を持つ男の歩みをここで終わらせたくなかった。
彼女はその一人と一振りのことだけを考え、剣と向き合い、語り合い、そして打ち直しを始めた。




そして失敗した。




完成した剣は以前とさほど変わらぬ外見をしていたが、その刀身はすらりと美しかった。
別物のごとく生まれ変わったその剣であったが、しかしその中身は依然と変わらぬままであった。
剣士は予想以上の出来に狂喜した。
自らの依頼は達成することのできないことだと思っていたのだ。
少し重量が増しているが、それはこの剣の本来の重量と呼べるものである。
男はそれを持つだけで確信した。そして男は試しに一振りしてみることにした。


そして男の表情は変わる。


見抜かれた。


一振り目。戸惑い。二振り目。困惑。三振り目。思案。四振り目。確信。


「刀匠よ、これは素晴らしい出来だ。想像以上なのは間違いがない。
 私は半ば諦めていたのだ。ここでこの剣と歩んだ人生は終わりだと。
 おそらく貴女以外ではこの剣を生まれ変わらせることはできないだろう。
 だからまずは感謝の言葉を貴女に告げたい。本当に有り難く思う」

だが。

「だが、刀匠よ。これは失敗作で間違いないな?」


非難の言葉ではない。確認の言葉であった。
その剣を打ち直した刀匠である彼女は頷くしかなかった。
剣の完成度は高く、彼女の数多の魔剣と比べても最上位に属するものである。
しかし、剣士と刀匠にとってその剣には混ざってはならないものが混ざってしまっている
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