魔王の娘であり『無血の賢将』とすら呼ばれる知性を持ったリリム、ソフィリアは呟いた。
「愛って何?」
そのソフィリアの呟きに答えたのは彼女の為に珈琲を淹れている一人の男。
以前、一年の時間を掛けてソフィリアと生命を掛けた戦いを繰り広げたマクシミリアンである。
彼は珈琲のポットを運びながらソフィリアに向かって言葉を放った。
「貴女が答えを求めているのでしたら、先に言わせて頂きます。答えはありません。
そして、生殖活動に愛は必要ないということを前提として置かせていただきます」
マクシミリアンはソフィリアの目の前でコーヒーカップに香ばしい珈琲を注いだ。
彼は涼しい顔に笑みを浮かべたまま、彼女に答えにならない答えを差し出した。
「・・・・ロマンの欠片も無いわね。私が聞きたいのはそういうことじゃないのよ?」
ソフィリアは不貞腐れたように頬を膨らませた。
マクシミリアンはリリムの魅了に当てられながら、自分の意思で立ち向かった男である。
彼は愛という事象に関して自分の中で考察し終えているはずなのだ。
演劇や芸術に造型も深く、人の心を想像する経験も豊富である。貴重な意見になるはずだ。
が。聞きたいのはこういうことじゃない。もっと文芸的な意見を聞きたかった。
「先ほどの口ぶりからすると、僕個人の意見を求めているのではないのですか?
僕個人の意見で言わせていただきますと、愛なぞ無くても人間は生きていけます」
彼は同じテーブルに席をかけながら自分用の珈琲を用意して語った。
マクシミリアンが淹れる珈琲は苦いものが苦手な者でもおいしく飲める絶品の一杯である。
ソフィリアはウキウキとした気分で口を湿らす程度に珈琲を飲み、今日の味を確かめた。
鼻に抜ける珈琲の香ばしい薫りが口の中に広がり、透き通る酸味とコクのある苦味。
(今日の一杯も絶品ね。疑いの余地のない素晴らしい一杯だわ)
だけどソフィリアはこの会話の流れで珈琲の味を褒める気にならなかった。台なしである。
「魔物娘の、それもリリムである私を前にしてよくもまぁそんなことが言えたわね?」
意地悪くソフィリアはマクシミリアンを軽く糾弾する。
魔物娘の生殖活動に間違いなく愛は必要だ。我々は"そういう"生き物になっている。
たとえ最初は性欲の行動だとしても最終的に愛情たっぷりの交じ合いにしてしまう。
「貴女が相手だからですよ。僕でも他の魔物娘の前ではとてもじゃないですが言えませんね」
気軽に珈琲を飲みながらマクシミリアンはソフィリア相手に軽口を叩く。
気のおけない親友のような信頼している相手にのみ見せる顔である。
ソフィリアとマクシミリアンの関係は恋人同士であるが、極めて微妙な関係である。
互いに生命を預けて良い親友と言って良いし、信頼・信用し合える仲間と呼べる。
しかし、独身同志の人間と魔物娘との関係でこれほど健全な関係もそうないだろう。
互いに強く惹かれながらこの関係を維持しているのは一年間の戦いの結果のおかげである。
「人間は相手を愛してなくても子供は出来ます。貴族同士の結婚などそのようなものです。
貴族の間では結婚して跡取りが出来た後に、愛人相手に恋愛というのは良くある話です。
僕の父は愛妻家でしたが、僕の居た国でも娼館通いの貴族は多かったですね」
人間と魔物娘の価値観はだいぶ違う。
マクシミリアンが語っている内容は魔物娘からしてみれば考えられないことだ。
魔物娘は番の夫だけに溢れるほどの愛を注ぎそして子を成す生き物たちなのだから。
「そして魔物娘にしても、僕は同じ意見を持っています。
なぜなら一般的には、襲ってから番に対しての愛に目覚めるパターンがかなり多い。
やはり元が魔物ですし籠絡するより直接的に襲いかかってから考える娘が多いのでしょう」
「・・・今日の貴方は全方位にケンカを売っていくスタイルのようね?」
「別に悪いとは言ってませんよ。直接的な関係は無いと言いたいだけです」
「ま、私としてもその意見には賛同できるわ、全面的にではないけどね。
だけど貴方の意見は男性側の視点だけで語られているわ。意図的かも知れないけどね。
魔物娘は男性と恋愛してから徐々に愛を育んで結婚して子を成したいという娘がほとんどよ。
私ですらそうなのだから、魔物娘にとってはそれは欲望というより本能と呼ばれるものよ」
「そうですね、一人の人間の男性からそのような意見が出た、と思ってください。
個人でも団体でも誹謗中傷のつもりはありませんよ。男女差別のつもりもありません」
少々オーバーリアクション気味に他意が無いと示すように両の手のひらを上げた。
所作がいちいち芝居がかっている。若干彼はふざけているのかもしれない。
「僕の意見
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