ひたひた。
水気を帯びた足音が後ろから僕を追いかけている。
教師をしている僕はテストの採点を行う関係で残業をしていた。
かなり遅くなってしまって、夜も更けた暗い夏の帰り道を一人で歩いていたのだ。
壊れた街灯がカチカチと点滅していて視界は悪く、後ろを振り向いても足音の姿は見えない。
ひたひた。
そもそも僕は度がキツイ眼鏡を掛けていて視力は悪い。
蒸し暑い夜なのに背後の気配のお陰で僕は温度を感じず、寒気すら覚えた。
だけど、汗だけが額からたらたらと滴り落ちるのだけは鮮明に感じ取れた。
汗と湿度でべっとりとした服は僕に絡みつくようにして離れない。
このまま駈け出したところでまるで服が僕を縛り付けて転んでしまいそうな気になってしまう。
ひたひた。
背後に迫る足音は、僕の幻聴なのかどうかはわからない。
他に聞こえる音は僕の足音と、ジジジジ、と老朽化している街灯の音が無機質に鳴り響くだけ。
この夜道はいつもなにかが出てしまいそうな気がして僕は毎日駆け足でここを帰るのだ。
臆病すぎる僕は怪談話に弱い。どんな稚拙なホラー映画であろうと途中で悲鳴を上げてしまう。
今にでも僕は悲鳴を上げて駈け出してしまいそうな程、怯えていた。
ひたひた。
ひたひた。
ひたひた。
幻聴じゃ、無い。
確実に、何かが。
僕の後ろに。
居る。
ひたひた。
ひたひた。
ひたひた。
それは僕に近づいてくる。
僕は怖くて振り向くことも。
逃げ出すことも出来ない。
ひたひた。
ひたひた。
ひたひた。
ひた。
僕の、後ろに。真後ろに。触れそうな所に。
振り向けない。足が竦む。
僕の背後の存在は。居るだけで何もしない。なにも発しない。何を考えているかもわからない。
正体不明の存在が僕の背後にぴったりと張り付いている。いや、触れては居ない。
だけど、僕はぬめっとした滴り落ちる粘性の水の感触を触れずに、見ずにイメージしたのだ。
僕は、恐怖で。
その場から逃げ出した瞬間。
半魚人のヌメッとした手で腕を掴まれた。
「 うわぁぁああああああああああああああああああああああああ! 」
僕の悲鳴に驚いたサハギンさんが涙目で僕を見ていた。
僕の、生徒じゃ、ないです、か。
「 ・・・・・・・・・・・・び・・・・・・・・・・びっくり・・・・した。 」
滴り落ちる水気を帯びたその身体は夜に見るととても艶かしく思えた。
「 ・・・先生・・・・これ、サイフ・・・橋のところで、落し物・・・してた・・・ 」
僕は恥ずかしくなって耳まで真っ赤になってしまった。
サハギンさんの性格はよく知っている。引っ込み思案で無口だけどとても良い子なのだ。
僕が落としたサイフを親切に届けに来てくれたのだろう。
「 ごごごご、ごめんサハギンさん・・・!驚かせちゃったね! 」
「 ・・・気にしてない・・・先生は無防備すぎる・・・気を付けて・・・・・・ 」
そうしてサハギンさんは去っていった。
恐怖の正体を知って安心した僕はどっと汗を吹き出した。
とても肝が冷えて温度を感じなかったけど、蒸し暑さをやっと感じ取れた。
服が気持ち悪い。早く帰ってシャワーを浴びよう・・・
でもなぜか寒気は残った。
去っていくサハギンさんの逆の手に持っていたスマートフォンがとても印象に残っていた。
* * *
「 ・・・先生は無防備・・・ 」
耐水がしっかりしているスマートフォンを操作する。
カメラで撮影した写真を【先生用】【先生情報用】のフォルダに移動する。
先生からスッたサイフの中に入っていたカードなどの写真は全部【先生情報用】に移動させた。
怯え顔はとても貴重だった。私も驚いてしまったけどとっさにしてはとてもいい顔が撮れた。
音もならないし、フラッシュも焚いてないから先生は撮られたことに気づいてないと思う。
写真をフォルダに移す【先生用(1067)】結構大きくなった、そろそろ整理しないといけない。
でも日に日に写真が増えていくからどう整理したらいいかな。
機械に詳しい人に手伝ってもらおう。
写真として出力したものもいいけど、データは残しておかないと不安になる。
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