終章

そして最後の対局の時が訪れた。




対局の場は王城の一室。
これはソフィリアが王城に招かれてから常に対局で使用していた場所であった。
一つを除いて何時もと同じ光景。ただその一つの変化により一室は異様な空気に包まれていた。


チェス盤を置いてあるテーブルに今までに無かった異質なものが突き立っていた。


いつそれが現れたのかは誰も知らない。
だが、それは王家の印が刻み込まれたものであり、用意した人物は王子以外にはあり得ない。
侍女たちはこの部屋を整えるために決闘前に入室し、それを発見した。
悲鳴を上げるものもいた。呼吸を荒らげるものもいた。気分を悪くするものも居た。
それでも冷静に準備を整え、退席した侍女達も軒並み怯えている。
侍女達の間でも今日が最後の日である事は伝わっていた。
しかし、このような得体のしれない何かが起きている感覚に襲われるとは思わなかったのだ。


常に王子の護衛として背後に付き添っていた騎士も終始落ち着くことは無かった。
何者かに終始襲われる、いや切られるような殺気の如き錯覚に付き纏わられていた。
だがしかし、この感覚に近いものをここ最近ずっと味わってきたような既視感も覚えた。
この国の屈指の実力者であり、魔法による警戒も行える騎士ですら感じ取れぬ殺気。
余りにも静かなその感覚は、しかし暗殺者が誰かを害そうとする粘性のそれとは違った。
それはあまりに真摯なもの。高潔さすら伺える悪意。その純粋さを感じ取ったのだ。
数多の危機を乗り越えた騎士ですらこの純粋さに震え上がった。ただ単に恐ろしかった。
誰だ、一体誰が何をしようとしているのか。そして誰を害そうとしているのか。


マクシミリアン王子の兄達は虫の知らせのようなものを感じ取った。
今日が最後の対局の日と知ってはいた。
しかし、第一王子も第二王子もその場で見届けるわけには行かなかった。
第一王子は親魔物領や周辺国との交渉を粘り強く行っていた。
マクシミリアンの戦いが終わったところで、次なる戦争が起きてしまう可能性もあり得たのだ。
それによる戦火や侵略が自らの国へと及ぶことはなんとしても避けなければならなかった。
第二王子は停戦により魔物がこの国へ入ってきた時の事前の対処、研究に全力を注いでいた。
このままでは魔物の魅了により、内側から侵略されていく可能性は極めて高い。
そのため、政治的な措置だけでなく、魔法による防御という直接的な手段の研究も行っていた。
この二人は自分の戦いを行っており、マクシミリアンの戦いを見守ることなど出来なかった。
だが、背中に寒気のようなものが走った。弟に危機が振りかかるという感覚ではない。
むしろ逆。弟は何かを成そうとしている。お前は何を成し遂げようとしているんだ。


この国の王は、第三王子マクシミリアンのことを初めて恐れた。
自分の息子は皆優秀であり、誰に王位を継がせたとしても誰も文句の付け所のない王になる。
互いに尊重し合えるほど仲もよく、この三人は協力しあって国を盛り上げていくのだと思っていた。
しかし二人の兄に阻まれマクシミリアンは芽が出ない息子であった。そう思っていた。
二人とは違う才を持つ男。自らの戦いの場を選ぶことが出来ていない。
神経質で繊細。芸術に才があるとみて、感性を磨かせるた事は間違っていたとは思えない。
だが、魔物に襲われた街から脱出してきた時から、何かが変わった。
変わった事がわかったのは、兄弟ではなく、恐らく私だけだろう。
マクシミリアンは磨いた芸術の才能により、全てを隠した。
以前の自分を演じ続けたのだ。まるで一切の変化が無いかのように、いや。
徐々に成長していく自分を演じ続けた。
私ですらそれを見ぬくことは出来なかった。本人からの計画を持ち込まれるまでは。
どれほどその計画に価値が無くとも、分が悪かろうと、私はそれを受け入れざるを得なかった。
目の前の男がそれをやり遂げると言ったのだ。
それは信念か狂気か復讐か。それとも・・・いや、私に邪推は出来ない。
だが、マクシミリアンの計画を最後まで支援せねばならないと思ったのは運命なのだと思った。
馬鹿げた計画であったし、その先に何が起こるか私には分からなかった。
しかし、まるで予定調和のごとく戦争は起き、マクシミリアンの計画は始まった。
私はマクシミリアンの計画を熟知していたため、国を守るためにそれを利用させてもらった。
マクシミリアンが敗北しないという前提の計画。周囲の静止を止めそれを実行した。
信じたのだ。自分が恐れた男の事を。
そして、戦争は集結し、マクシミリアンの戦いも終わりを告げようとしている。
どう転ぼうと、私とマクシミリアンの関係も終わりを迎える。起きた瞬間そう実感したのだ。

ああ、妻よ。せめて善き運命へ我が息子マクシミリアンがたど
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