敵意

「 この部屋はもう自由に使って構いません。 もう僕には必要のないものですから。 」

王子はそれ以上、何も語ることは無かった。




*   *   *




そして更に一ヶ月が過ぎた。未だに王子には勝てていない。

私は部下に命じ王子の親友とその妻、という情報を頼りに今まで征服した地を調べることにした。
王子が棋譜を集め初めたのは5年前。
つまり5年も前に侵攻した土地に彼と彼女が居る可能性が高い。
そこで何があったのか。余計な推測を頭に入れるよりは具体的な事実が欲しい。
何しろ私は王子が残した大量の棋譜相手に格闘していたのだ。

王子を倒す材料が一つでも多く欲しい。

この莫大な量の情報を処理するのに私は全力を使っていた。しかし一向に勝利の糸口が見えない。
王子の強さの理由としてはわかりやすいものではあるが、ここまでの差には成り得ない。
何かまだ秘密がある。それはこの壁一面の棋譜の中に答えが有る。
ただ、自分の棋譜が詰められた棚は無視していた。なにせ自分の手だ。自分が一番分かっている。


そう。

私は未だに愚行を繰り返していることに気づいていなかった。





*   *   *




更に一ヶ月過ぎた。



ついに私の元へ情報が入る。
5年前。とある貴族の青年と王子の間で決闘の騒ぎがあったという。
それは細剣を抜いての流血沙汰になるほどの事柄であった。
決闘の内容は、どちらが彼女を妻にするのが相応しいか。というものであった。
青年と王子とその彼女は、幼馴染のような関係であり、青年も王子も彼女を愛してしまったのだ。
彼女の方もどちらかを選ぶということができなかった。

二人の男性を同じくらい愛してしまったのだ。

魔物娘でありながら私はこれを不誠実とは思えなかった。どちらも本当に大事だったのだろう。
いつまでも続けば良いという関係が、歳が立つにつれ変化していった、それだけの事だった。
そして。


王子は決闘に敗北していたのだ。


それは青年と彼女の結婚式が行われ、そこに王子も参列していたという情報からそれが分かる。
当時参列していた貴族からの情報も得れた。その時、王子は心の底から祝福していたという。
そうなのだろう。例え恋に敗れた所で親友との友情も、彼女へ抱いた恋慕も嘘では無かったのだ。
自分が彼女を幸せにすることは出来ない。だから君が幸せになってくれ、と。


その情報からは王子の思いが伝わってきた。ただの情報でこれである。


そして。
それを破壊したのが私であることも理解できた。


それは魔王軍が侵攻した前日であったからだ。




*   *   *




「 私は、貴方に何をしてしまったのですか。 」
「 何を、と申しますと。 」
「 5年前の魔王軍の侵攻の場に貴方は居たのでしょう。
  その時の総指揮官は私です。その時に私は取り返しの付かない何かをしてしまった。
  そうとしか思えないのです。 」
「 侵攻そのものが取り返しの付かない事では?
  人間も魔物も自分たちの価値観でしか物事を判断することが出来ないものです。
  戦争なんてものは己の価値観で相手を押しつぶすだけのものと私は認識しています。
  それが悪いといえばこの世最大の悪の一つといえるのではないでしょうか。 」

ソフィリアはその言葉に対して何も言い返せない。
犠牲者を出さない戦いをしてきた。魔物と人とで幸せになる最短の道だと信じていた。
短絡的な思考であったと今更ながらに後悔しているのだ。
最終的に皆が幸せになるかもしれない。そんな方法ばかりを選んできていた。

ただ。

取りこぼしがあったのだ。


犠牲者は居ない。皆幸せになった。



嘘だ。




少しの不幸を無視し、それから目を背けていた。




だから、私の目の前に立っている人物は少しの不幸だ。
今まで自分で作り上げてきた。不幸が目の前で私を断罪している。それだけのことであった。




「 ・・・そろそろ、答え合わせと行きましょうか。 」
王子は駒を進める。ソフィリアも駒を進める。
「 何、大したことではありません。事実は知っていると思いますので割愛します。
  私は恋に敗れたのです。それそのものは単純な事実です。 」

王子は駒をタン。と盤に打ち付けた。 



「  私がやっていることの本質は逆恨みです。 」



ソフィリアはジリジリと盤上で締め付けられている。

「 私が長年培ってきた恋に破れ、それでも彼らを祝福しました。
  彼と彼女には幸せになって欲しかったのです。私の分まで。 」

王子のポーンがジリジリと制圧してくる。

「 その後、貴女方が侵攻し、あの街は魔物達によって占拠されました。
  そしてその時に貴女の姿を一目私は見てしまったのです
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