前編




レカール・アーベライン伯爵と平民の娘ティーアとの婚姻が行われた。
アーベライン伯爵は御年65歳。ティーアは15歳というなんと歳の差50歳の婚姻である。
貴族の間であれば家の繋がりを強くするために若い娘を嫁入りさせるという話は多い。
しかし、平民の娘ティーアには当然そのような政治的背景は存在しない。
アーベライン伯爵はそもそも高い地位を持ちながら妻を持たぬ独身の貴族として有名であった。
筆頭宮廷魔術師として盤石な地位を持つ伯爵に縁談の話はそれこそ星の数ほど存在した。
それら全てを断り独身を貫き続けた。周囲からは何かしらの理由があるのだろうと思われていた。

その伯爵がついに妻を持つ、それも平民の娘、と話題になり国中が仰天したのである。

伯爵からは一切色の有る話を聞かず、周囲から清廉潔白で色恋沙汰に興味が無いと思われていた。
しかし伯爵は今回の婚姻のことは恋愛結婚である、と王に告げた。
そう、伯爵はもはや曾孫ほどの歳の差の地位もなにもない娘との大恋愛を遂げたのである。


伯爵は誑かされているのではないか、と周囲の人間は当然勘ぐった。
しかし、その疑惑はティーアを一目見るだけで一変することとなる。


彼女のほうがむしろ幸せそのものの表情をしていたのである。


平民であるがその佇まいは礼儀正しく、人当たりも良く性根の良さが伺えるものであった。
そして地位や資産を狙うような浅ましく暗い感情は一切彼女からは感じることはなかった。
表情からそれを察することが出来、伯爵の見る目は確かであったと皆を納得させる程であった。
最初の最初だけは魔物ではないか、との声も上がったが人間であることはすぐに確認された。
周囲からはこの婚姻で、逆に伯爵を羨む声すら上がるほど美しい娘であった。


伯爵は爵位を王に返還するとまで言い出した。
この地位により妻を危険に晒すかもしれないと伯爵は考えていた。
伯爵の功績は大きい。なにせこの国の魔導体系を整え地方有数の魔法大国に仕立てあげたのだ。
戦の指揮を執らせれば常勝無敗。宰相としては国利民福の善政ばかりの忠義の臣である。
流石に商売や芸術には疎かったが彼の個人的な交友関係から開いた交易も数多い。
彼がこの国に居なければ既に他国に侵略され滅亡していると予想できるほどであったのだ。
その彼が爵位を捨てるとまで言うのである。
王や大臣、他の貴族や国中全体。それどころか周辺国まで全力で阻止するほどの騒ぎとなった。



婚姻の式は貴族にしては非常に慎ましいものであった。
しかし式の参列者の面々はアーべライン伯爵の人徳、功績、名誉の数々を表していた。
何しろ一個人として王が参列した程である。これは普通であれば掟破りの行動である。
王が王として決められている様々なしきたりを破ってまで彼の式に参列したのだ。
その行動により、この婚姻は祝福すべきものである、と周辺国まで伝えられる事となった。


それは地方全域で、幸せになるように娘にティーアという名付けが流行るほどの事件であった。





*    *    *




二年後。伯爵の第一子誕生の知らせがあった。
小柄だが元気な女の子である。
ただ、相当の難産でありティーアの産後の体調は芳しくなかった。
そもそも身体が強い女性ではないのである。
伯爵がその魔力が尽きるまで魔法による体力回復をしていなければ母体も胎児も危険であった。
安産の奇跡は高位の司祭であれば使用できるものも居るが、魔術師である伯爵には使えなかった。
それゆえに体力回復という非効率な魔法を使用せざるを得なかったのである。
伯爵は高価な宝石を触媒として、それを使い潰した上で足りない魔力を命を削ってまで補った。
産後、母体以上に伯爵は疲労困憊しておりまともに立つことが出来なかったほどである。
だが、伯爵はその厳しい顔に似合わぬ笑顔と共に涙を流しながら我が娘の誕生を喜んだ。



これ以上、子を授かることは難しい。
アーベライン伯爵も高齢であり、ティーアの体調が戻る頃に男女の営みを行えるとも思えない。
それはアーベライン伯爵も、妻のティーアも分かってしまっていたのだ。




この幸せな夫婦に少しの陰が落ちたのは皮肉にも、我が子が出来たその瞬間である。




*    *    *




「 旦那様、お話があります。 」
産後の体調が落ち着いた頃、それも夜が更けた時にティーアがレカールに告げた。
その表情は決意に満ちていて、まるで心中の提案でもするのかとレカールは思った程である。
―――彼女となら構わないか。と自分の妄想ですら納得してしまったのは愛情故だろうか。

「 ・・・聞こう。君の事だから、もう答えが出ているのだろう。 」
一切の迷いが見えぬティーアを見ながらレカールは、ああ、美しいな。と思
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33