家の前に変な人が居る。
黒い鎧と黒いマントを身につけた、何とも縁起が悪そうな身なりをしている。
パっと見た第一印象からすると、どうやら騎士のようだ。
そんな奇妙な人物が、俺の家の前にボケーッとつっ立っている。
「何だありゃ…」
仕事を終えて帰ってみればよくわからない状況に遭遇してしまった。
どうしよう、自分の家なのに凄く帰りづらい。近くの物陰からしばらく様子を伺ってみたが、その変な騎士さんは立ち去る素振りも見せない。
凄く嫌な予感がする、直感だが、これはヘタに関わると危険だ、本能がそう告げている。
散々迷った末にUターン。しばらく何処かで時間を潰してみよう。そうすればあの騎士さんも諦めて帰ってくれるだろう。
とりあえず酒場にでも行こうか。夜までチビチビ飲むのも中々乙なものだ。
そうと決まれば善は急げだ、申し訳ない。
と心の中で騎士さんに謝罪しながら、俺は酒場へと足を進めた。
「追い出されちゃったよ…」
『かんじき亭』はこの町唯一と言っていい優良な酒場である。
しかしながら、いくらなんでも酒一杯で3時間も粘るのは流石に無理があった。
ネコが水を飲むみたいに舌でペチャペチャ舐めながら時間を潰していたが、店のオヤジにキレられた。
せめてツマミでも頼めば良かったかな…と後悔しても今更遅い。あまりオヤジの機嫌を損ねると最悪入店禁止になってしまう。
でも結構時間を潰せたと思う。辺りはもう真っ暗になっている。流石にあの騎士さんも、もう諦めて帰っただろう。
家の前まで来ると、思った通りあの騎士の姿は既に無かった。やっと諦めて帰ってくれたのか…
ホッと胸をなで下ろして、ずいぶん遅くなったが無事に帰宅を果たした。
「ただいま〜っと」
小さな借家暮らしといえども、これは立派な我が家な事に変わりはない。
一人暮らしなので返事が帰ってくるはずはないが何となく言ってみたくなった。
「おかえり」
「うん…?」
返事が返って来た。あれ、家間違ったっけ?何で中から声が聞こえるんだ…?
まさか、まさか…泥棒か!?
部屋の中は真っ暗だった、早く灯りをつけないと。
「あれっ?あれっ?灯り…灯り…は?」
「ああ、灯りってコレか?」
パチンッと指を鳴らしたような音が聞こえると、暗闇の中に薄っすらと灯りがともる。
部屋に置いてあった小さいランタンだ。それに火がついた。
しかし、さっきの音は一体なんだったんだ。
「ああ、それそれ…悪いねぇ…」
「いや、いいさ。勝手に家に上げてもらったお返しだよ」
差し出されたランタンを受け取る。どうやって火付けたんだろう?コレ。
「そうか、でもありがとうな」
ランタンをテーブルの上に置いて、俺も椅子に腰掛けてホッと一息つく。
「随分遅かったなぁお前、何してたんだよ」
相手も向かい側に腰掛けた。
「いやそれがな、帰って来たら家の前に変な奴が居てさ。こう黒い鎧を着た騎士みたいな感じの奴が…丁度アンタみたいな感じの格好だったかな…んでよ、何か面倒な事になりそうだな〜って思ってさ、居なくなるまで他所で時間潰してたのよ」
厄介ごとを背負い込むのは御免だ、変なイベントなら極力スルーするのが望ましい。
「何だよお前!ならさっさと帰ってこいよ!あと誰が変な奴だってコラ!」
「えっ?何でお前が怒るんだよ」
よくわからない、いや、一番よくわからない事は…誰だコイツ。
何親しげに談笑してるんだ俺…コイツがさっき思ってた泥棒じゃねえの!?
「泥棒ちゃうわ!よく見てみろ!」
更に相手が怒った。いやいや、そもそも誰だよコイツ。
ランタンを持ち上げて掲げてみる。そう言えばどっかで見たような姿をしてるなコイツ…。
全身真っ黒の鎧を着てる…それに何だか首周りが随分寂しいように思える。
いや、寂しいと言うよりも…首が無い。
「な…なぁ、お前…首…どうしたの?」
「え?首…?無いよ」
「な…なんで?」
「何でってお前、だってオレ…」
デュラハンだもん。
薄れ行く意識の中で、最後に聞いたのがその言葉だった。
まだ魔王が代替わりしていない頃の時代、魔物は人を襲い、喰い、堕落させる危険な存在とされていた。
俺が住んでいるこの町にも、時折だが魔物が出没し、人が襲われたりする事があった。
仮に魔物に襲われた場合には、正直言って対処しようが無い。騎士団や教団の連中ならばいざ知らず。一般人にそれは不可能だ。
奴らは力も魔力も強い、惨忍で凶暴な生き物とされていた。とても普通の人間が太刀打ち出来るような相手ではなかった。
「…うん?」
目を開けると、見慣れた天井が飛び込んできた。
どうやらベッドの上に寝かされているみたいだった。
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