……あうぅ、体が痛い、久しぶりの筋肉痛だ、私の体よ良く頑張った。
今は何時だろう、薄く目を開けると夕焼けが優しく目に入る、はぁ、今日がまた終わる、この夕日は明日の朝には太陽となって皆を照らすけど、果たして私は明日の朝に起きて主人を照らす事はできるのか? ああいけない、そろそろ主人が帰ってくる時間だ、明るく出迎える準備をしよう。
えい……よいしょ、筋肉痛だと体を起こすのも一苦労だな、さて毛繕い毛繕い……ん? あれ、なんで首輪が切れて……え、足?
なに、これ?
私はまず、前足を見て驚いた、見馴れた前足と似てるが形も大きさも違う、試しに布団をつまみ上げる、人と同じように上げる事ができた。布団を掴んだ手を見て暖かいモノが体の内から湧き出てるような気がした。
後ろ足の方も見る、こっちも見馴れた足と違って形も大きさも違う、恐る恐る床に足を付けて立ってみる、ちょっとだけ違和感があるけど立つことができた、その体勢でゆっくり右足を踏み出して次に左足を出す、歩く事ができた。
まるで夢のような事が起きている、だけど筋肉痛がこれは夢じゃないといっている、痛みもたまには役に立つもんだ。
その足で部屋の中にある、全身を映す鏡の前に行く、鏡に映ったのは人の子供位の大きさで全身が真っ黒毛な、二本の足で立つ猫、これも魔物娘ってやつなのかな?
「これが、私?」
雌の声がすぐ近くで聞こえて後ろを振り返るが、誰もいない、その雌の声が私の声だと気付くのに少し時間がかかった、そして気付いた時には叫んで転がり回った。
「やった! やった! やった! これでやっと主人と話ができる! 最近喉撫でてくれないからねだろうか!? ご飯も前のやつが良かったと言ってみよう! でも、まずは……」
頭の中でやりたい事が湧き出て胸が膨らんで、これから始まる主人との新たな生活を思い描く、とりあえず、まずやることは決まっている。
「好きだって言うんだ」
心に決めて願って祈って切望した事を呟くと、ふと私の今の姿が頭に浮かんだ、そして思ってしまう。
主人は私を猫として可愛がってくれた、その猫が突然魔物娘になっても、主人は変わらずに可愛がってくれるのかな?
小さな不安は、どんどん大きな不安へ変わっていく、私を罵倒する主人やじゃれる私を叩いて追い払う主人、色々な冷たい主人が私を責める、こんな事を主人がやるとは思えない、でも、もしかしたら、もしかしたら、この言葉が流れる度にあり得ない未来の主人が妙な現実味を帯びてしまう。
足の力が抜けてその場にへたり込んでしまった、寒くないのになぜか全身が震えてしまう。変わってしまった両方の前足を顔に押し当てて、溢れるモノを抑えようとするが抑えきれずに、人と同じ声が手の内でこもる。
「う……ぐ、ふぅ……ふぅぅ」
そのまま時間が過ぎていき、暗くなった部屋の隅でうずくまっていると玄関が開く音がした。
「ただいまー! クーロちゃーん!」
疲れてるだろうに明るい主人の声、いつもなら、この声を聞くと熱いモノが込み上げて全力で駆け寄りじゃれる所だけど、今日は恐怖が込み上げて思わず切れた首輪を持ってクローゼットの中に隠れてしまった。
「あれ? クロちゃん? おーいクーロちゃーん? あれぇ?」
私は主人の出迎えを欠かす事は無かった、だから主人は疑問に思っているのだろう、居るべき存在がそこに居ないことを。
「おかしいな、居ない……」
部屋の扉が開かれる音がした、カチリと明かりがついて部屋を照す。少し開いたクローゼット隙間から主人の姿が見えた、いつものように駆け寄ってじゃれたいけれども、恐怖で体が震えて動けない。
「どこにいるのかな……」
いつものように服をハンガーに掛けて、私が隠れているクローゼット来る主人。胸の鼓動が激しくなって息が苦しい、そして、開かれたクローゼット。
「あ? え?」
「…………お帰りなさい、主人」
力を振り絞って言葉を吐き出したら、意識が薄れていって、最後に見えたのは、目を見開いて慌てる主人の顔だった。
まどろみの中、静かにぶつぶつ呟いている主人の声が聞こえて目を覚ました。私は寝たふりをして主人の声に耳を澄ます。やかな声で思いを言葉にする、その言葉はさっきまで頭の中を駆け巡っていた最悪の未来を打ち砕いていく。
「これは夢? 夢なのか? うちのクロちゃんがケットシーになるなんて、夢が広がる!」
主人、私も夢かと思いました。
「まずは何をしようか? 色々ありすぎてワクワクするぞ……」
主人、私も胸が弾みました。
「でもまずは、好きだと伝えよう」
主人、私もそう決めました。
「ん〜しかし、断られたらかなり辛いものが……」
「主人、私も悩みました」
「おぅ!
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